私たちが日常で使うクレジットカードのサイズ、非常口の緑色のマーク、あるいは企業の品質管理体制。これらが世界中でスムーズに通用するのは、その裏側に「国際標準」という共通のルールブックが存在するからです。その世界最大のルールメーカーが「ISO(International Organization for Standardization、国際標準化機構)」です。この記事では、製品の品質から社会のシステムまで、あらゆる分野で「世界共通の言葉」を提供するISOについて、特に気候変動の分野でどのような重要な役割を果たしているのかを解説します。ISO(国際標準化機構)とは?ISOとは、一言で言うと「製品・サービス・システムの品質や信頼性などを保証するための『国際規格(International Standards)』を策定する、スイスに本部を置く独立した非政府組織」のことです。その目的は、世界共通の規格を普及させることで、国際的な貿易を円滑にし、消費者に信頼と安全をもたらし、産業の効率性を高めることにあります。ISOが策定する規格は、あくまで「任意規格(voluntary standards)」であり、法的な拘束力はありません。しかし、その信頼性の高さから、多くの国で法律や規制に引用されたり、国際的な取引における事実上の必須条件となったりしています。なぜISOが気候変動分野で重要なのか?ISOは、気候変動という地球規模の課題に対し、企業や組織が信頼性をもって行動するための、客観的で検証可能な「枠組み」を提供しています。共通の「ものさし」の提供GHGプロトコルが企業の炭素会計の「会計基準」だとすれば、ISOの関連規格は、その会計が正しく行われているかをチェックするための「監査基準」や、環境への取り組みを管理する「経営システム」の基準を提供します。行動のためのフレームワーク構築ISO規格は、企業が環境への影響を管理し、継続的に改善していくための具体的な経営システム(環境マネジメントシステム)の構築方法を示します。国際的な信頼性の付与独立した第三者の審査機関からISO規格の認証を受けることは、その企業の環境への取り組みや、CO2排出量の報告が、国際的に認められた高い基準を満たしていることの、強力な証明となります。気候変動に関連する主要なISO規格環境・気候変動分野では、「ISO 14000」ファミリーと呼ばれる一連の規格が、世界中の企業活動の基盤となっています。ISO 14001(環境マネジメントシステム)最も広く知られている環境関連規格。組織が、自らの事業活動が環境に与える影響を管理し、継続的な改善を図るための「環境経営」の仕組み(環境マネジメントシステム、EMS)を構築するための要求事項を定めています。ISO 14064シリーズ(温室効果ガス)GHG(温室効果ガス)の算定・報告・検証に関する、包括的な国際規格です。ISO 14064-1:企業などの組織レベルでのGHG排出・吸収量の算定と報告に関するルール。(GHGプロトコルの企業基準に相当)ISO 14064-2:排出削減・吸収を目的としたプロジェクトレベルでの算定ルール。(カーボンクレジット創出プロジェクトの基盤)ISO 14064-3:GHGに関する主張の妥当性確認・検証を行う、審査機関のためのルール。ISO 14068(カーボンニュートラリティ)近年、その重要性が高まっている新しい規格。組織が「カーボンニュートラル」を達成し、その主張を検証可能な形で実証するための、原則と要求事項を定めています。 ISO 14064とGHGプロトコルの関係企業のGHG算定において、ISO 14064とGHGプロトコルは、競合するものではなく、相互に補完し合う関係にあります。多くの企業は、GHGプロトコルの詳細な算定ルールを参照しつつ、その報告の信頼性を担保するためにISO 14064に沿った検証を受ける、といった形で両方を活用しています。一般的に、GHGプロトコルが「何を、どう計算するか」という具体的な手順を、ISO 14064が「その計算と報告が信頼できることを、どう保証・検証するか」という枠組みを提供している、と理解されています。メリットと課題メリット世界中で通用する、極めて高い信頼性と権威を持つ。ISO認証の取得は、国際的なサプライチェーンへの参加や、投資家からの評価向上に繋がる、強力な「パスポート」となる。専門家による世界的な合意形成(コンセンサス)プロセスを経て策定されるため、公平性と客観性が高い。デメリット(課題)国際的な合意形成プロセスには時間がかかるため、規格の策定や改訂には数年を要する。ISO認証を取得し、維持するためには、専門的な知識と相応のコストが必要であり、特に中小企業にとっては負担が大きい場合がある。まとめと今後の展望本記事では、ISOが、製品のネジ一本から企業の環境経営に至るまで、あらゆる分野で国際的な「共通言語」を提供する、世界最大の規格策定機関であることを解説しました。【本記事のポイント】ISOは、国際的な貿易と協力を円滑にするための任意規格を策定する、独立した非政府組織。気候変動分野では、ISO 14000ファミリーが中心的な役割を担う。ISO 14064は、GHG排出量の算定・報告・検証に関する国際規格であり、GHGプロトコルと相互補完的な関係にある。ISO 14068は、信頼性の高いカーボンニュートラルを実現するための新しい規格。企業の気候変動への取り組みやESG情報開示が、もはや自主的な活動から、半ば義務的なものへと移行する中で、その主張の信頼性を客観的に証明することの重要性は、かつてなく高まっています。ISO規格は、この新しい時代の要請に応え、企業の気候変動アクションが信頼に足るものであることを保証するための、最も堅牢な社会インフラとして、これからも中心的な役割を果たし続けるでしょう。国際開発の視点からも、途上国の企業がISO認証を取得することは、グローバル市場への扉を開き、持続可能な成長を実現するための、重要なステップなのです。