大気中のCO2を直接回収する「DAC」技術は、気候変動を逆転させる可能性を秘めています。しかし、回収したCO2を、大気中に二度と戻らないようにするにはどうすれば良いのでしょうか。その最も確実な答えが「DACCS(Direct Air Capture and Storage)」です。この記事では、DAC技術の完全版とも言えるDACCSについて、その中核をなす「貯留」の仕組みと、なぜそれが「究極の炭素除去」と呼ばれるのかを解説します。DACCSとは?DACCS(Direct Air Capture and Storage)とは、一言で言うと「大気中から直接回収(DAC)したCO2を、地中深くの安定した地層に半永久的に貯留(Storage)する一連の技術・プロセス」のことです。これは、回収したCO2を製品などに「利用」するDACCUとは異なり、大気中の炭素循環からCO2を完全に取り除き、隔離することのみを目的としています。そのため、現在存在する炭素除去(CDR)の手法の中で、最も永続的で信頼性の高い方法の一つと見なされています。なぜ「貯留(Storage)」が重要なのか?DACCSの価値は、その「永続性(Permanence)」にあります。回収したCO2を、人間の時間スケールをはるかに超える数千年以上の単位で固定化できるからです。真の「ネガティブエミッション」の実現大気中のCO2を物理的に取り除き、地圏(地球の岩盤層)という、炭素が非常にゆっくりと循環する領域に固定することで、初めて真に「大気中のCO2を減らした」と見なせるネガティブエミッションが実現します。信頼性の高いクレジットの創出この永続性の高さと、貯留量を科学的に測定できるという明確さから、DACCSによって創出されるカーボンクレジットは、品質のばらつきが少なく、最も価値の高いものの一つとして扱われます。国際開発における新たな資源広大で安定した地質構造を持つ国や地域は、「CO2を安全に貯留できる場所」という新しい形の天然資源を持つことになります。これは、将来的に「CO2貯留サービス」という新たな産業を創出し、国の発展に貢献する可能性があります。「貯留(Storage)」の主な方法DACCSにおけるCO2の貯留は、主に地下1,000メートル以上の深さにある地層に対して行われます。枯渇した石油・ガス田への貯留長年にわたり石油や天然ガスを閉じ込めてきた実績があり、地質構造が詳細に把握されているため、信頼性の高い貯留場所とされています。深部塩水層(帯水層)への貯留陸域・海域の地下深くに広がる、塩水で満たされた多孔質の岩石層です。世界中に広く分布しており、貯留できるポテンシャルが最も大きいとされています。鉱物化による貯留(Mineralization)DACCSにおける「究極の貯留法」とも言える技術です。CO2を溶かした水を、玄武岩のような特定の種類の岩盤層に注入すると、CO2が岩石の成分(カルシウム、マグネシウムなど)と自然に化学反応を起こし、数年で固体の炭酸塩鉱物、つまり「石」に変化します。一度鉱物化すれば、CO2が漏洩するリスクはほぼゼロになります。国際的な動向とプロジェクト事例DACCSの先進事例:アイスランドの「Carbfix」プロジェクトスイスのClimeworks社は、アイスランドで稼働させるDACプラント「Orca」および「Mammoth」において、この鉱物化貯留を実践しています。現地のパートナー企業Carbfixが持つ技術で、回収したCO2を水に溶かして玄武岩層に注入。これにより、極めて高い永続性を持つDACCSのバリューチェーンを世界で初めて商業化しました。その他の大規模プロジェクト米国テキサス州で建設が進む「Stratos」プロジェクトでは、深部塩水層へのCO2貯留が計画されています。このように、世界の各地域が、自国の地質的な特性に合わせた最適な貯留方法を選択し、大規模なDACCSハブの構築を目指しています。メリットと課題メリット極めて高い永続性:特に鉱物化貯留は、他のどんな方法よりもCO2を長期間、安定的に隔離できる。明確な測定・検証(MRV):回収から注入、貯留までのプロセス全体が科学的に監視・測定可能であり、信頼性が高い。気候安定化への長期的貢献:過去の排出分を恒久的に除去することで、将来世代の気候変動リスクを低減する。デメリット(課題)莫大な初期投資:DACプラントに加え、地質調査、注入井の掘削、長期的な監視設備など、貯留インフラにも莫大なコストがかかる。社会的受容性と長期的な責任:CO2の地中貯留に対する地域住民の理解を得ることや、数百年以上にわたる貯留地の管理責任を誰がどう負うのか、という法制度の整備が不可欠。適地の限定:安全な大規模貯留に適した地質構造を持つ場所は限られている。まとめと今後の展望本記事では、DACCSがDAC(回収)とStorage(貯留)を組み合わせ、大気中のCO2を半永久的に除去する、最も信頼性の高いネガティブエミッション技術であることを解説しました。【本記事のポイント】DACCSは、DAC(直接空気回収)と地中貯留(Storage)を統合したプロセス。その核心的な価値は、CO2を数千年単位で隔離する「永続性」にある。特に玄武岩を利用した「鉱物化貯留」は、最も安全な貯留方法とされる。アイスランドでの商業化を筆頭に、世界で大規模プロジェクトが進行中。DACCSは、気候変動との戦いにおける「守り」の最終ラインであると同時に、未来の世代のために環境を修復していく「攻め」の技術でもあります。コストや法整備といった課題は大きいものの、この技術を社会インフラとして確立させることは、人類が気候変動を乗り越え、真に持続可能な未来を築くための、避けては通れない道筋と言えるでしょう。