もしCO2を、新しい「資源」として、価値ある製品に生まれ変わらせることができるとしたら。この挑戦的なアイデアを形にするのが「CCU(Carbon Capture and Utilization、炭素回収・有効活用)」という技術です。この記事では、CCUSの「U」にあたるこのCCUについて、それがどのようにして「サーキュラー・カーボン・エコノミー(炭素循環経済)」を構築するのか、その具体的な方法と、大きな可能性、そして慎重に評価すべき課題を解説します。CCU(二酸化炭素回収・有効利用)とは?CCUとは、一言で言うと「発電所や工場などから回収したCO2を、資源として捉え、多様な製品や燃料の原料として『有効利用』する技術やプロセス」の総称です。(参考:カーボンリサイクル技術ロードマップ.2021年6月(2023年6月改訂).経済産業省)これは、回収したCO2を地中に貯留するCCS(Carbon Capture and Storage)とは異なるアプローチです。日本では、このCCUの概念が「カーボンリサイクル」として、国家戦略の重要な柱に位置づけられています。その目的は、気候変動対策と、新たな産業創出による経済成長を両立させることにあります。なぜCCUが重要なのか?CCUは、高コストという炭素回収技術の大きな壁を乗り越え、持続可能な産業構造を築く上で重要な役割を担います。炭素回収の経済性を向上CCUの最大の推進力は、その経済合理性にあります。CO2から製造した製品を販売することで収益が生まれ、莫大なコストがかかるCO2回収・分離設備の投資を部分的に回収できます。これにより、CCS(貯留)だけでは事業化が難しかったプロジェクトの、経済的な実現可能性が高まります。新たなグリーン産業の創出CCUは、合成燃料、グリーンな化学品、低炭素コンクリートといった、未来の市場を創出します。国際開発の視点からも、これは途上国が、単なる資源供給国から、高付加価値なグリーン製品を生産する国へと移行する、新たな産業開発の機会となり得ます。資源循環型社会への貢献これまで化石資源に依存してきた化学品や燃料の製造プロセスに、回収したCO2を原料として再利用することで、「炭素」を循環させる新しいサプライチェーンを構築します。CCUの主な利用方法と「永続性」の課題CCUの気候変動への貢献度を評価する上で最も重要なのが、「利用されたCO2が、どれくらいの期間、大気から隔離されるか(永続性)」です。その期間は、製品のライフサイクルによって大きく異なります。永続的な固定(事実上の貯留)コンクリート・建材への利用回収したCO2をコンクリート製品の製造過程で内部に注入すると、CO2は炭酸カルシウムなどの鉱物へと変化し、半永久的に固定されます。これは、CCUの中でも最も永続性が高く、CCS(貯留)に近い、確実な気候変動対策と見なされています。短〜長期的な固定(製品への利用)化学品・プラスチックへの利用CO2を原料に、ポリカーボネートのような耐久性の高いプラスチックを製造する場合、その製品が使用されている数十年間は炭素が固定されます。しかし、製品が廃棄・焼却される際に、CO2が再び大気中に放出される可能性があります。炭素の循環利用(燃料など)合成燃料(e-fuel)への利用回収したCO2と、再生可能エネルギー由来の水素(グリーン水素)を合成して、航空機や船舶で使える「e-fuel」を製造します。この燃料は、燃焼させるとCO2を排出するため、大気中のCO2を直接減らす効果(除去)はありません。その気候便益は、本来使われるはずだった化石燃料を代替することによって生まれる「排出削減」にあります。国際的な動向と日本の「カーボンリサイクル」戦略世界の動向特に欧州では、航空・海運業界の脱炭素化に向け、e-fuelの製造・供給に関する技術開発と投資が活発化しています。また、世界中の化学メーカーが、CO2を原料としたグリーンな化学製品の開発にしのぎを削っています。日本の国家戦略日本政府は「カーボンリサイクル技術ロードマップ」を策定し、国を挙げてCCUを推進しています。(参考:カーボンリサイクル技術ロードマップ.2021年6月(2023年6月改訂).経済産業省)特に、コンクリート製品、バイオ燃料、汎用化学品などを重点分野と定め、2030年頃からの社会実装を目指し、各地で実証事業が進められています。メリットと課題メリットCO2回収プロジェクトの事業性を高める、新たな収益源を生み出す。CO2を「ごみ」から「資源」へと転換させ、サーキュラーエコノミーを推進する。新たなグリーン産業を創出し、経済成長と雇用に貢献する可能性がある。デメリット(課題)気候便益の評価の難しさ: 利用方法によってCO2の隔離期間が大きく異なるため、その製品のライフサイクル全体を評価(LCA)しないと、真の気候への貢献度を測ることが難しい。これが「グリーンウォッシュ」に繋がる懸念もある。莫大なエネルギー消費とコスト: CO2を他の物質に化学的に転換させるプロセスは、多くのエネルギー(特に安価で大量のクリーン電力やグリーン水素)を必要とし、製造コストもまだ非常に高い。市場規模の限界: 現状、CO2から作られる製品の市場規模は、産業界から排出されるCO2の総量に比べるとまだ小さく、全てのCO2をCCUで吸収することは困難。まとめと今後の展望本記事では、CCUが、回収したCO2を価値ある資源へと転換させる、気候変動対策と産業政策の交差点に位置する重要な技術であることを解説しました。【本記事のポイント】CCUは、回収したCO2を有効利用し、燃料・化学品・建材などの製品を製造する技術。その最大のメリットは、炭素回収の経済性を高めることにある。製品のライフサイクルによって、CO2が隔離される永続性が大きく異なるため、その気候便益の評価には注意が必要。日本では「カーボンリサイクル」として、国家戦略レベルで推進されている。CCUは、気候変動対策における万能薬ではありません。特に、膨大な量のCO2を長期的に大気から隔離するためには、CCS(地中貯留)が引き続き中核的な役割を担います。しかし、CCUは、脱炭素化への移行期において、経済合理性を確保し、新たなグリーン産業を創出するための、極めて強力な「攻め」の戦略です。その成功は、クリーンエネルギーをいかに低コストで大量に供給できるかにかかっており、CCUの発展は、社会全体のエネルギーシステムの変革と不可分なのです。