モルガン・スタンレー(Morgan Stanley)の持続可能投資研究所(Institute for Sustainable Investing)は、年間売上高が10億ドル(約1,500億円)を超える世界の企業225社を対象に、ボランタリーカーボンクレジット市場に関する意識調査を実施した。
その結果、現在カーボンクレジットを購入している企業の90%以上が今後も継続的な利用を計画しており、市場の成長が期待される一方で、新規参入を検討する企業は価格や規制の動向を慎重に見極めている実態が浮き彫りとなった。
既存購入企業の高い継続意欲と自社脱炭素への注力
現在、カーボンクレジットや環境属性証明書(EACs)を購入している「既存購入層」の多くは、すでにネットゼロ目標を掲げている大規模な上場企業である。これらの企業の93%が今後もクレジットの購入を継続する意向を示しており、購入量も2030年までに平均で約40%増加すると予測されている。

既存購入企業が将来の購入量を決定する際に最も重視する要因は、自社の脱炭素戦略の進捗状況である。これは価格要因を挙げた企業の2倍以上の割合に達しており、クレジットの活用が単なる排出権の購入ではなく、自社の削減努力を補完するものとして位置付けられていることを示唆している。
将来の購入企業が抱える不透明感と価格への敏感さ
今後カーボンクレジット市場への参入を計画している「将来の購入層」は、既存購入層に比べて慎重な姿勢を崩していない。これらの企業の半数以上が、将来的にどの程度の量を購入するかについての見通しが立っていないと回答している。
将来の購入検討企業において、購入量に最も大きな影響を与える要因は価格である。
特に北米やアジア太平洋(APAC)地域の企業でこの傾向が顕著であり、クレジット価格の変動が参入のハードルとなっている。一方で、欧州・中東・アフリカ(EMEA)地域の企業は、価格よりもコンプライアンス市場の構造変化や規制動向を重視する傾向にある。
非購入企業の多様な論理とセクター別の特徴
クレジットを購入する計画がない「非購入層」の理由は多岐にわたる。非購入層の39%は、自社のバリューチェーン(価値連鎖)内での活動のみで完全な脱炭素を達成できると考えている。その一方で、このグループの31%はそもそもネットゼロ目標を掲げる計画自体を持っていない。
セクター別に見ると、非購入層にはヘルスケア企業が多く含まれ、エネルギー企業は少ない傾向にある。これは、排出集約度が比較的低いセクターにおいて、ボランタリーカーボンクレジット市場への関心が相対的に低い可能性を示している。
脱炭素戦略の深化とインセッティングの台頭
企業はネットゼロ目標達成に必要な削減量のうち、平均して約3分の2を自社運営やバリューチェーン内での削減から、28%を電力網の脱炭素化やEACsから捻出することを想定している。残りの7%については、残留排出量を相殺するためのカーボン除去(Carbon Removals)に頼る計画である。

こうした中で注目されているのが、自社のバリューチェーン内で行う排出削減活動である「インセッティング(Insetting)」である。調査対象企業の85%以上が、サプライヤーのエネルギー効率改善や自然再生プロジェクトなどのインセッティングをすでに実施しているか、検討していると回答した。
レピュテーションリスクと品質へのこだわり
カーボンクレジットの利用には、プロジェクトの信頼性に関する「プロジェクトリスク」と、外部への表明方法に関する「クレームリスク」という2つの大きなレピュテーションリスクが伴う。既存購入企業の約半数が、クレジット市場への参加を自社が管理すべき主要なレピュテーションリスクの一つとして認識している。
しかし、80%以上の企業は、クレジット購入から得られる便益がこれらのリスクを「おそらく」または「容易に」上回ると考えている。リスク管理の手法としては、特定のプロジェクトに依存しないポートフォリオアプローチを採用するのが最も一般的である。
また、市場全体で「品質」を重視する傾向が強まっている。企業の需要は、1トンあたり15ドルから30ドル(約2,250円から4,500円)程度の価格帯の自然ベースのソリューションに集中している。完全整合性(Integrity)の高いクレジット、例えばICVCMのコアカーボン原則(CCP:Core Carbon Principles)ラベルが付与されたクレジットへの関心は高いものの、供給は依然として限定的である。
今後の展望と課題
ボランタリーカーボン市場は、2024年に取引されたクレジットの市場価値が5億ドル(約750億円)強と、2021年のピーク時に比べて縮小している。しかし、CDRに関する直接オフテイク契約の価値は2025年11月時点で71億ドル(約1兆650億円)に達しており、長期的な企業活動の指標として成長の兆しを見せている。
今後、SBTiによるネットゼロ基準の改定や、GHGプロトコルのガイダンスの見直しなど、規制や会計基準の動向が企業の投資判断にさらに大きな影響を与えることが予想される。高品質なクレジットの安定供給と透明性の向上が、市場の健全な拡大に向けた鍵となるであろう。
参考:https://www.morganstanley.com/insights/articles/voluntary-carbon-market-survey-outlook-2025


