企業の脱炭素への取り組みが加速する中で、サステナビリティ担当者が最も恐れる事態の一つがグリーンウォッシュとの批判である。かつては企業の「誠実な姿勢」や「将来のビジョン」を語るだけで評価される時代があった。しかし現在、その言説が客観的な証拠に基づいているか、あるいは国際的な基準に準拠しているかが厳しく問われている。
特にボランタリーカーボンクレジット市場(VCM)を活用したカーボンオフセットの訴求においては、抽象的な表現はもはや通用しない。法務部門や外部のステークホルダーからの鋭い指摘を論理的に封じ込めるためには、国際的な枠組みを深く理解し、それを自社の文脈に正しく落とし込む「論理武装」が不可欠である。
本記事では、カーボンオフセットとグリーンウォッシュをテーマとした連載の締めとして、現在のグローバルスタンダードを解説する。
品質と訴求を定義する、ICVCMとVCMI
現在のボランタリーカーボンクレジット市場において、信頼性の軸となっているのがIntegrity Council for the Voluntary Carbon Market、以下ICVCMと、Voluntary Carbon Markets Integrity Initiative、以下VCMIである。
この両者は役割が明確に分かれている。ICVCMはクレジットそのものの「供給側(品質)」を担保し、VCMIはクレジットをどう使うかという「需要側(訴求)」を規律する。
| 団体名 | 主な役割 | 核となる基準 |
| ICVCM | クレジット自体の品質を評価する。 | コア・カーボン・プリンシプル(CCPs) |
| VCMI | 企業によるクレジットの使用方法と宣伝をガイドする。 | クレーム・コード・オブ・プラクティス(Claims Code of Practice) |
例えば、企業が「高品質なクレジットを使用してカーボンニュートラルを実現した」と主張する場合、そのカーボンクレジットがICVCMの定めるコア・カーボン原則(CCPs)に準拠しているかどうかが、最初の防衛線となる。
さらに、その主張がVCMIの「クレーム・コード・オブ・プラクティス(Claims Code of Practice)」に基づいたものであるかを確認することで、訴求内容の正当性を二重に担保することが可能となる。
法務部門や専門家と対等に議論を行うためには、単に「他社もやっているから」という理由ではなく、「この訴求はVCMIのシルバー・クレームに合致しており、かつ使用しているカーボンクレジットはCCPs承認済みである」といった、具体的な基準に基づいた論理構成が必要である。
証跡管理の要件、客観的事実としての「誠実さ」
論理武装の要は、徹底した証跡管理にある。
国際基準が求めるのは、単なる結果の報告ではなく、そこに至るプロセスの透明性である。具体的には、以下の3点に集約される証拠を整理しておく必要がある。
第一に、自社の温室効果ガス排出量の算定根拠である。これにはScope1,2だけでなく、サプライチェーン全体の排出量であるScope3の網羅性が含まれる。
第二に、カーボンクレジットの購入から無効化(償却)に至るまでのトレーサビリティである。どのプロジェクトから発行されたカーボンクレジットを、いつ、誰のために無効化したのかを公的なレジストリで証明できなければならない。
第三に、科学的根拠に基づく削減目標との整合性である。カーボンクレジットによるオフセットは、自社での直接削減を代替するものではなく、補完するものである。SBTiの基準に沿った削減計画が並行して進んでいることを示すことで、初めてカーボンクレジットの利用が「責任ある行動」として認められる。
グローバル基準の「ローカライズ」という視点
ここで重要なのは、グローバルスタンダードをそのまま鵜呑みにするのではなく、自社の置かれた環境に合わせて「ローカライズ」させる視点である。国際基準はあくまで共通言語であり、それを日本国内の商習慣や自社のビジネスモデルにどう当てはめるかは、担当者の知見に委ねられている。
世界標準を深く認識した上で、あえて独自の基準を設ける場合でも、それが「グローバル水準から見てどのような位置付けにあるか」を説明できれば、それは立派な論理武装となる。基準を理解することは、縛られるためではなく、自由な発信を行うための盾を持つことと同義である。
守りのロジックが攻めのサステナビリティを生む
環境訴求における「負けない」論理構成を構築することは、単なるリスク回避ではない。確固たる根拠に基づいた発信は、投資家や消費者からの信頼を勝ち取り、ブランド価値の向上に直結する。
ICVCMやVCMIといった国際基準は、日々進化を続けている。最新の指針を常にキャッチアップし、社内の証跡管理体制を整備することは、サステナビリティ担当者にとって最も価値のある投資の一つと言える。あいまいな「誠実さ」を「客観的事実」へと変換する作業こそが、これからの脱炭素経営を支える基盤となる。
今回は、カーボンオフセットにおけるグリーンウォッシュをテーマに全5回に渡ってコラムにて解説した。カーボンクレジットの市場発展においてはその適切な使用(カーボンオフセット)が鍵となる。
