パリ協定6条「完全稼働」と世界市場の覇権争い 日本企業が直視すべきリスクと機会

村山 大翔

村山 大翔

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2025年11月、ブラジル・ベレンで開催されたCOP30(国連気候変動枠組条約第30回締約国会議)が閉幕した。この会議にて、長年続いた「ルール交渉」は終わりを告げ、世界は明確に「実施フェーズ」へと突入したと言える。

本稿では、最新情報に基づき、日本企業が押さえるべき「JCMの拡大」「CDM資産の消滅期限」、そして「欧州・インド・中国の新たな戦略」について解説する。

JCMの拡大、インド・タンザニアの加盟と「ITMOs」の初発行

まず、日本政府が推進するJCM(二国間クレジット制度)は、COP30を経て新たな局面を迎えた。

2025年には新たにタンザニア、インドとの署名が完了し、パートナー国は計31カ国へと拡大している。特に、世界第3位の排出国であるインドとの提携(2025年8月締結)は、日本企業にとって巨大な市場機会を意味する。

特筆すべきは、COP30会期中の2025年11月11日、タイとの間でJCMとして初となる、パリ協定6条クレジット(ITMOs)が発行されたことである。

環境省. (2025). 「二国間クレジット制度(JCM)において初となる国際的に移転される緩和成果(ITMOs)の発行およびタイにおけるJCMへのビジネス参画促進に関するフォーラムおよびビジネスマッチングの開催について」.取得日:2025年12月10日, https://www.env.go.jp/press/press_01692.html

これは日本だけでなく、初期報告を提出済みのガーナ、バヌアツ、ガイアナなどを含む「6条先進国」の中でも先駆的な事例であり、実務レベルでの運用が可能であることを世界に証明した。

「2027年問題」と中国・インドの動向

企業の資産管理において最も警戒すべきは、旧制度であるCDM(クリーン開発メカニズム)の終了プロセスである。

京都議定書時代の「国際取引ログ(ITL)」と「CDM登録簿」の接続は2026年3月31日に解除される。さらに、最終的に移行されなかったクレジット(CER)は2027年7月1日をもって完全に償却(キャンセル)されることが決定した 。

現在、CDMから新制度(6条4項)への移行申請は1,000件を超えているが、その内訳を見ると中国が約500件、インドが約450件と、この2カ国だけで圧倒的多数を占めている。


UN. (2025). 「List of CDM activities in transition」.取得日:2025年12月10日, https://unfccc.int/process-and-meetings/the-paris-agreement/paris-agreement-crediting-mechanism/CDM_transition/transition-list

国連の監督機関は、第1号として「ゴミ埋立地からのメタンガス回収」の方法論を承認するなど審査を急いでいるが、申請の殺到により審査が停滞するリスクは否定できない。もし仮に、自社保有分のクレジットが残っている場合には、この「渋滞」に巻き込まれ、無効化される事態は避けなければならない。

世界の潮流、EUの軟化と「3極」の主導権争い

COP30では、炭素市場の覇権を巡る主要国の戦略転換も浮き彫りとなった。

これまで国際クレジットの利用に慎重だったEU(欧州連合)は、2040年目標に向けて最大3%程度のITMO活用を検討する方針へと転換した。

さらにEUは、ブラジルや中国と共に「コンプライアンス炭素市場連合(Open Coalition on Compliance Carbon Markets)」に参加し、排出量取引制度(ETS)間の基準調和を主導しようとしている。

一方で、グローバルサウスの盟主であるインドは、国内市場(ICM)の整備を進めつつ、6条2項を通じてNDC(国が決定する貢献)達成を目指す姿勢を鮮明にしている。

また、チリやドイツを中心とした「6条野心連合(Article 6 Ambition Alliance, AAA6)」は、高品質なクレジット取引を標榜し、市場の質を担保しようと動いている。

民間市場(VCM)と「6条2項」の融合

民間主導のボランタリーカーボンクレジット市場(VCM)も、国の制度へと接近している。

シンガポール政府、ベラ(Verra)、ゴールドスタンダード(Gold Standard)などが連携し、「Article 6.2 クレジット・プロトコル」の標準化に乗り出した。

「ボランタリーカーボンクレジット市場と統合」シンガポール、Gold StandardVerra パリ協定6.2条のクレジットプロトコル最終版を公表

これは、民間基準のクレジットであっても、ホスト国の承認(Authorization)を得て相当調整を行えば、各国の削減目標に貢献できる「準公的な価値」を持つことを意味する。

結論、日本企業は「A6IP」を梃子に実利を

世界がそれぞれの思惑で連合を組む中、日本は独自の実務路線を貫いている。

日本が主導する「パリ協定6条実施パートナーシップ(A6IP)」は、すでに76カ国以上が参加する巨大なプラットフォームへと成長し、各国への能力構築支援(キャパシティビルディング)を展開している。

ルールは決まり、主要国は動き出した。

日本企業は、A6IPやJCMといった政府の支援枠組みを最大限に活用し、インドや東南アジアといった成長市場でのプロジェクト形成のチャンスがあるだろう。