CDMの終了がボランタリークレジット市場に与える影響 VerraとGSのCDM方法論の行方は?

村山 大翔

村山 大翔

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2025年11月、ブラジル・ベレンで開催されたCOP30において、長らく世界のコンプライアンスカーボンクレジット市場を牽引してきた「クリーン開発メカニズム(CDM)」の完全終了に向けた詳細なプロセスと、パリ協定6条(市場メカニズム)の完全運用ルールが決定された。

これまで「玉石混交」とも揶揄されたカーボンクレジット市場が、パリ協定の厳格なルールの下で高品質な市場へと生まれ変わるための最終段階に入ったことを意味する。

本稿では、COP30で決まったCDM終了の具体的な期日、Verra(ベラ)やGold Standard(ゴールドスタンダード)といった主要ボランタリー基準への影響、そして航空業界のCORSIAとの関連性について詳説する。

ついに確定した「CDMサンセット」の具体スケジュール

CDMは京都議定書時代に作られた仕組みであり、パリ協定6条4項(A6.4)メカニズムへの移行が進められてきた。COP30では、この移行期間の「最終期限」について、実務的な合意がなされている。

新規登録とクレジット発行の停止

まず、CDMプロジェクトとしての「新規登録」はすでに終了しているが、既存プロジェクトがパリ協定6条4項メカニズム(A6.4M)へ移行するための手続き期限が以下の通り確定した。

移行申請の期限

すでに2023年12月31日で締め切られている。この日までに申請を行わなかったCDMプロジェクトは、A6.4メカニズムへの移行資格を失い、事実上CDMとしての命脈を絶たれたことになる。

ホスト国による承認期限(Host Party Approval)

ここがCOP30での重要な決定事項の一つだ。当初「2025年12月31日」とされていたホスト国による移行承認期限が、行政手続きの遅れを考慮し、一部のケースで「2026年6月30日」まで実質的に延長(または柔軟な運用)が認められる方向で調整された。 しかし、これはあくまで救済措置であり、原則としてCDMの枠組みは2025年末をもってその機能を停止する。

CDMクレジット(CER)の発行

2021年以降の排出削減分に対するCER(認証排出削減量)の発行は認められない。これらはすべてA6.4メカニズム、あるいはボランタリー市場の基準で評価される必要がある。

VerraとGold Standard、CDM方法論の行方

CDMが終了しても、そこで培われた「方法論(Methodology)」まですべてが消えるわけではない。しかし、そのまま使えるわけでもない。ここがボランタリーカーボンクレジット市場のプレイヤーにとって最大の混乱ポイントであろう。

Verraにおける「VMR」

「VerraでCDMの方法論はまだ使えるのか?」という問いへの答えは、「イエスだが、条件付き」であり、かつ「急速に独自基準(VMR)へ置き換わっている」である。

Verraは現在、CDM方法論(ACMやAMSで始まるコードのもの)を直接参照することを順次停止し、Verra独自の改訂版である「VMR(Verified Methodology Revision)」への移行を進めている。

VMRとは

VMRは「CDM方法論からの移行・改訂」を指す方法論リストである。これまでVerraでは一部の方法論を除き、CDM方法論をそのまま使用することができた。これは、それまでCDM方法論を用いて創出していたデベロッパーがVerraでの創出に円滑に移行できるようにするためのものだ。しかし、現在Verraは古いCDM方法論をベースにしつつ、最新の科学的知見やICVCMのコアカーボン原則(CCP)に適合するよう厳格化し「VMR」として、新たな方法論に作り直している。

例えば、CDMの小規模水質浄化方法論「AMS-III.AV」は、Verraでは「VMR0015」として改訂・発行され、CDM版の直接利用は不可となった。

つまり、「VMR」というコードがついた方法論は、「CDMの遺産を引き継ぎつつ、Verra基準でアップデートされた高潔な(High-integrity)方法論」と認識して間違いない。

Gold Standardの対応

一方、Gold Standard(GS)は、より厳格な姿勢を貫いている。彼らはCDMプロジェクトを受け入れる際、単なる移行ではなく「Gold Standard for the Global Goals(GS4GG)」という包括的な枠組みへの完全な準拠を求める。

GSにはVerraの「VMR」のような特定の「移行専用コード」はない。代わりに、すべてのプロジェクトはGS4GGの「Transition Requirements(移行要件)」に従い、GSが承認した方法論(GS Approved Methodologies)の下で再評価される。 既存のCDM方法論を使用する場合でも、GS独自の「SDGsインパクト評価」や「セーフガード要件」を追加適用する必要があり、実質的にはCDMとは別物の高品質なプロジェクトとして生まれ変わることになる。

CORSIAと航空業界への影響、CDM方法論でも使えるのか?

航空業界の脱炭素スキーム「CORSIA」の第一フェーズ(2024-2026年)において、CDMクレジット(CER)自体の利用は極めて限定的(事実上、新規発行分は不可)となった。

しかし、「CDMの方法論を使ってVerraやGSから発行されたクレジット」はどうだろうか?

結論から言えば、一部のVerra方法論(元CDM方法論含む)はCORSIAで利用可能である。しかし、以下の条件が必須となる。

  1. プログラムの承認
    VerraVCS)自体がCORSIAの適格プログラムとして承認されていること(承認済み)。
  2. ヴィンテージ制限
    2021年以降に発生した削減分であること。
  3. 相当調整(Corresponding Adjustments, CA)
    これが最も重要だ。CORSIA第一フェーズでは、ボランタリークレジットであっても、ホスト国による「相当調整(二重計上の防止措置)」が義務付けられている。

また、VerraはCORSIA適格性を維持するために、古いCDM方法論(特に一部の再生可能エネルギーやグリッド接続案件)を除外リストに入れている。したがって、「Verraだから大丈夫」ではなく、「VerraのCORSIA適格ラベル(CORSIA Eligible Label)が付与されているか」が唯一の判断基準となる。

市場は「量」から「質」へ

COP30におけるCDMの完全終了とパリ協定6条のルール確定は、カーボンクレジット市場が「無法地帯」から「規制された金融市場」に近い性質へと変貌したことを示している。

企業がクレジットを調達する際は、もはや「CDM」というブランドに頼ることはできない。今後は、「VerraのVMR」や「GS4GG」といった、CDMの遺産を正しく継承・昇華させた基準を選び、かつ「相当調整(CA)」の有無を確認することが、コンプライアンスとレピュテーションリスク回避の絶対条件となるだろう。

参考:https://unfccc.int/sites/default/files/resource/cmp2025_L04E.pdf