金融庁カーボンクレジット取引インフラ検討会解説シリーズ
第2回パート4
2024年9月14日開催の「カーボン・クレジット取引に関する金融インフラのあり方等に係る検討会(第2回)」後半パートでは、ブロックチェーンとオープンデータがカーボンクレジット市場の透明性と流動性をどのように底上げし得るかをめぐり、KlimaDAO JAPAN と Climate Action Data Trust(CAD Trust)が登壇した。
国際クレジット市場の現状と複雑化する構造
前述のような課題に応えるために設立されたのが「Climate Action Data Trust(CAD Trust)」。CAD Trustは、分散的かつ多様化するカーボンクレジット制度の中で情報の断片化を解消し、統一的かつオープンなデータ基盤を提供することを目的としている。
IGES(地球環境戦略研究機関)所属でCAD Trustの評議員メンバーである発表者はまず、国際カーボンクレジット市場が直面している複雑な制度構造について整理した。
京都議定書時代には、国連が一元的に管理するCDM(クリーン開発メカニズム)のような単一の仕組みが主流であった一方で、パリ協定6条の合意以降は、国が独自に設ける制度と民間のボランタリーカーボンクレジット市場が併存し、それぞれが異なる登録簿(レジストリ)、方法論、ルールを持つという分散的な状況が生まれた。
実際、世界には約50の異なるボランタリースタンダード(ボランタリーカーボンクレジットのルール)が存在し、それに基づく方法論は200を超えるとも言われている。コンプライアンスカーボンクレジット市場とボランタリーカーボンクレジット市場との重複や、ダブルカウント(二重計上)の懸念、そしてカーボンクレジットの質や実効性への批判も高まっており、こうした情報を統合・可視化する仕組みの欠如が、信頼性や効率性の低下を招いていると説明。
情報統合と透明性のための新たな公共インフラ「CAD Trust」
このような状況を受けて設立されたのがCAD Trust。
同組織は、様々なカーボンクレジットのレジストリに分散する情報を共通データモデルにより統一し、それを一つのプラットフォーム上で可視化する仕組みを構築しており、その根幹には、ブロックチェーン技術の活用がある。
CAD Trustは、トークン移転などの機能ではなく、カーボンクレジットのライフサイクル情報や取消(キャンセル)状況、ラベル(付帯的な認証)の確認、パリ協定6条のステータスなどを、セキュアかつ改ざん不可能な形で記録・参照可能にしており、透明性の高い市場インフラを実現していると説明。
国際連携と設立経緯、世界銀行とシンガポールの主導
CAD Trustの設立は2019年、世界銀行による概念設計から始まり、2022年にはシンガポールとIETA(国際排出取引協会)との連携によりガバナンスおよび資金調達スキームが整備された。そして同2022年末に、非営利法人としてシンガポールに拠点を置く形で正式に稼働を開始している。
ガバナンス体制は、評議会、技術委員会、ユーザーフォーラム、事務局などから構成され、各国政府関係者や技術専門家、民間プレイヤーが幅広く参加。特に発表メンバーは評議員としてこのプロジェクトに設立時から関与しており、日本側としても制度設計に参画してきたことが強調された。
API連携とリアルタイムデータ統合
CAD Trustの最大の特徴のひとつが、各レジストリとのAPI接続によるリアルタイムなデータ統合。これにより、たとえばVerraやGlobal Carbon Council、CDMなど6つの主要なレジストリと接続し、カーボンクレジットの発行・使用・取消・保有状況を単一のインターフェースで確認できるようになった。2023年末にはCOP28にて「Data Dashboard」が正式公開され、世界のカーボンクレジット市場情報の85%をカバーしているとされている。
このダッシュボードでは、国別・プロジェクト別のクレジットの種類や数量、ステータスなどがグラフィカルに表示され、民間企業や投資家、政府機関がそれぞれのニーズに応じカーボンてクレジットの質や信頼性を評価することが可能となっている。
公的資金による支援と民間活用の可能性
CAD Trustは、シンガポール政府や世界銀行をはじめとする公的資金によって運営されており、参加者にとっては無償でアクセス可能な「パブリック・グッド(公共財)」としての性格を持つ。
そのため、民間企業や自治体、NGOなども情報を自由に参照し、自社のカーボンクレジット調達方針の立案や、ESG格付機関との連携、報告義務の履行など、様々な目的に利用することが期待されている。
また、CAD Trustが提供する標準化データモデルとAPI接続の仕組みは、将来的には国レベルのレジストリと直接連携する基盤ともなり得るものであり、日本国内におけるJ-クレジット制度などとの統合も、今後の制度設計次第で十分に視野に入ると説明した。
信頼性の高い市場構築に向けて
CAD Trustは、活動は単なる情報整備にとどまらず「国際カーボンクレジット市場の信頼性を支える公共インフラ」として、市場拡大と健全化の両立を可能にする重要な取り組みであると強調。
市場におけるカーボンクレジットの質の確保、重複リスクの解消、透明性の担保という三本柱を、国際的な協調のもとで支えるプラットフォームとして、CAD Trustが果たす役割は今後ますます拡大していくだろう。
参考:金融庁.「カーボン・クレジット取引に関する金融インフラのあり方等に係る検討会」(第2回)議事録.令和6年9月10日
参考:金融庁.「カーボン・クレジット取引に関する金融インフラのあり方等に係る検討会」(第2回)議事次第.令和6年9月9日