フランクフルト地方裁判所は2025年8月26日、アップル(Apple Inc.)の「Apple WatchはCO2ニュートラル(カーボンニュートラル)」という広告表示を、ドイツ不正競争防止法(UWG)に照らして誤認を招くと判断し、差止めを命じた。

判決は確定前(控訴が可能)だが、裁判所は判決の論拠を公表しており、欧州連合(EU)が2026年から導入するカーボンオフセット依存のカーボンニュートラル主張の原則禁止の法案と整合した形である。
今後企業には、実排出の削減の実績と、残余排出のオフセットに用いるカーボンクレジットの「長期性(永続性)」と「追加性」を、製品レベルの表示で説明し切ることが求められるだろう。
裁判所の論点、鍵は永続性(permanence)
訴えたのは環境NGOのドイチェ・ウムヴェルトヒルフェ(Deutsche Umwelthilfe)。同会は、アップルが「Apple Watchは同社初のCO2ニュートラル製品」と強調して販売した点について、消費者を誤認させる表示に当たると主張した。裁判所はUWG第5条第1項を根拠に、当該表示の差止めを認めた。判決は第一審であり、上訴の可能性が残る。
裁判所は、アップルが残余排出のカーボンオフセット源とした、パラグアイのユーカリ植林プロジェクトでのCO2排出削減について、事業地のおよそ四分の三が2029年までの賃借地であると認定。
温室効果ガス(GHG)の純排出ゼロ(ネットゼロ)を2050年前後まで維持すべきというパリ協定の趣旨からすれば、消費者は「カーボンオフセットが少なくとも中期から長期にわたり担保される」と理解する。しかし、短期賃借はその期待に反し、永続性が不十分であると結論づけられた。
これに対しアップルは、VerraのVerified Carbon Standard(VCS)における「バッファ口座」によって永続性を担保していると主張した。

しかし裁判所は、賃借が更新されない場合に許容されるのは事業の監視などに限られ、カーボンオフセットの継続性を実質的に保証する措置とまでは言えないと、バッファ口座によるリスクヘッジでは不十分だと結論づけた。
またアップルがマーケティングの際に使用した「Carbon Neutral」ロゴの扱いについては、公的な第三者認証のお墨付きと誤認される構図には当たらないとし、表示デザインそれ自体が第三者認証マークと誤解されるという主張は退けた。

アップルのLCA数値とカーボンニュートラルの仕立て
アップルの製品環境報告書(Product Environmental Report、PER)では、アルミニウム筐体のApple Watch Series 9にスポーツループを組み合わせた製品を「カーボンニュートラル指定単位」として、1台あたり8.03kgCO2eのライフサイクル排出量が算定され、SCS Global ServicesのSCS-108規格に準拠して検証済みとされる。
ステンレススチール筐体のSeries 9(Sport Loop同梱)では29kgCO2eと記載され、材質や同梱構成によりカーボンフットプリントが大きく変動することが示されている。
数値自体は精緻であったためこの点は認められた形で、今回の争点はオフセットの質と時間軸に限定された。
EU規制の地合い、2026年からのカーボンオフセットによるカーボンニュートラル主張を禁止
EUの新ルールは、オフセットを根拠に製品が「中立」「低減」「ポジティブ」等と表示することを一律に禁止している。オフセットの実施自体は禁じられていないが、それを根拠に環境影響を中立等と主張することはできない。これは2026年9月27日から適用される。今回の裁判所の永続性・消費者期待という評価軸は、この新ルールの趣旨と重なる。
カーボンニュートラル広告の審査は厳格化へ
同種の紛争は航空、食品、素材など他分野でも生じており、欧州域内での広告審査は確実に厳格化している。米国でも、Apple Watchのカーボンニュートラル表示を巡る消費者クラスアクションが係属中で、オフセットの追加性と永続性が主要争点となっている。地域をまたいだ訴訟の連鎖は、企業の表示設計に直接的な影響を与える。
実務的な示唆
第一に、「ニュートラル」という包括的主張は再考が必要だ。EU域内では2026年以降、実質的に使用困難となる。国内外の景品表示法や不正競争防止法でも、恒久性、追加性、検証性、表現の明確性という審査軸が問われる。代わりに、ベース年比の削減率など定量的主張と、その方法論の開示へ舵を切るべきである。
第二に、オフセットの要件を明確化する。土地権原(長期リースか所有か)、伐採や火災による逆転(reversal)管理、第三者検証の実質、そして追加性を、製品表示のレイヤーまで落とし込んで可視化する。「2050年頃までの担保」という消費者期待に耐える説明が必要になる。今回、2029年で切れる短期賃借が不十分と判断された点は象徴的だ。
第三に、SKUごとのLCA差を開示する。同じ製品でも材質やバンド構成でカーボンフットプリントは大きく動く。SKU別の簡易LCAサマリーを公開し、顧客が構成で選べる情報設計にすることが、誤認防止と顧客体験の両立につながる。
まとめ
今回の地裁判断は、「オフセットで帳尻ゼロ」という従来のラベリングを、EUの新ルールに先んじて否定した格好である。企業に求められているのは、実排出削減の確かな証拠、残余排出に充てるクレジットの長期性・追加性の可視化、そして誤認を避ける精緻な広告表現である。アップルの削減努力は大きい。しかし、カーボンニュートラルを名乗るための法的・規制的な閾値は、着実に上がっている。
参考情報
- https://ordentliche-gerichtsbarkeit.hessen.de/presse/co2-neutrales-produkt
- https://www.apple.com/jp/environment/pdf/products/watch/Carbon_Neutral_Apple_Watch_Series_9_PER_Sept2023_J.pdf?utm_source=chatgpt.com
- https://eur-lex.europa.eu/eli/dir/2024/825/oj
- https://registry.verra.org/app/projectDetail/VCS/2369