金融庁カーボンクレジット取引インフラ検討会解説シリーズ
第6回パート3
第6回検討会の後半戦は、ボランタリーカーボンクレジットの概念整理をめぐる議論で幕を開けた。
報告書素案が「排出量取引制度(ETS)に紐づかないクレジット」を一括してボランタリーカーボンクレジットと呼んだことに対し、「J-クレジットやJCMまでも同列に扱うのは誤解を生む」と異議が唱えられた。
問題意識はコンプライアンス補完としてカーボンクレジットが動員される局面と、完全に自主的(ボランタリー)なマーケットとでは、制度的背景も市場行動も根本的に異なるという点に集約される。
「ボランタリー」の境界線、条約根拠か、それとも強制性の有無か
メンバーは「法的義務を伴う取引スキームに組み込まれれば、それはもはやボランタリーカーボンクレジットとは呼べない」と主張し、CDMや将来のGX-ETS補完枠で使われるカーボンクレジットを例に挙げた。
これに対し別のメンバーから「創出者が自主的にプロジェクトを立ち上げる点に着目すれば、CDMも広義のボランタリーカーボンクレジットに含まれる」と指摘が挙がった。
両者の立場を整理し、「制度の根拠が条約・法律にあるか否か」で線を引くという論と、「創出行為の自主性」で線を引く論の二つを示したうえで、「報告書には両視点を併記し、脚注等で定義を厳密化すべきだ」と提案された。
金融庁は「素案では、キャップアンドトレード型ETSに該当しない取引をボランタリーカーボンクレジットと括った」と説明したが、メンバーからは「用語のユニバーサルな定義が存在しない以上、読者への手当てが不可欠」との意見が相次いだ。
結論として、報告書改訂時に「定義箱」を設け、①法的根拠、②創出主体の自主性、③買手の利用目的(コンプライアンス/ボランタリー)という三層構造で整理する方向が概ね了承された。
「コンプライアンス需要」を冒頭で位置づけよ
メンバーはさらに、「はじめに」節におけるカーボンクレジットの役割づけが「インセンティブ付け」に偏っていると指摘し、「排出削減努力が難しい場面で法的義務を果たす補完手段」という文脈を明示的に盛り込むよう要望した。
コンプライアンス目的を前面に据えることで、投機的な「儲けの道具」という誤解を避け、市場の社会的正当性を強調する狙いがある。
金融的実態把握の視座「金融側面」を明記
実態把握章が「回避系・除去系」「信頼性」など技術・環境面と金融面を混在させていることに対し、「本報告書は金融インフラの在り方がテーマなのだから、金融的視点でのスコープだと強調してほしい」と要求が挙が離、欄外脚注に「金融取引面に焦点を当てた実態把握である」との一文を挿入する案が示された。
リスクセクションの補強、デリバリーリスクと再構築コスト
報告書は取引リスクを「オペレーショナル・リスク等」と総称するのみだが、メンバーは「最も重大なのはプロジェクトが想定通りクレジットを生まないデリバリーリスクだ」と強調。カーボンクレジット不足を補うために市場から現物を追加購入する再構築リスクや、価格乖離による損失を例示し、具体的な記載が求められた。
Delivery Versus Payment(DVP)が普及しない背景にも、デリバリー不確実性が横たわるとの指摘は、決済インフラ議論の補強線となった。
供給要因の粒度「組成コスト」はプロジェクト側面も含むか
「供給に影響を与える要因」に関しては、組成コストが「登録・計測・第三者検証等の手続費用だけか、それとも発電・森林造成等の事業コストまで含むのか」曖昧だとの指摘が出た。事務局は「後者も含める広義の概念」と回答し、「手続コスト」と「事業コスト」に二分して書き分ける方針を示した。
地域金融機関と地産地消モデル、実態把握の前段へ再配置
素案に登場した「地域金融×地産地消クレジット事例」については「重要な論点なら冒頭の市場実態説明に織り込むべき」と提案された。大企業中心市場という現状認識と、地域主体の新潮流をコントラストさせることで、供給多様化の可能性が読者に伝わりやすくなるという主張だ。
今後の修正プロセス
事務局は、こうした用語・リスク・実態把握の修正を盛り込んだリバイズ案を次回提示すると回答。特にVCC定義は脚注で簡潔に記すに留めるか、本文に箱組みで図示するか、レイアウト面も含め協議する予定だ。
まとめ
パート3では、クレジットの名前そのものが金融インフラ設計に直結するという事実が浮き彫りになった。ボランタリー/コンプライアンスをどう線引きし、市場参加者にどのようなリスク説明を行うか、これらの問いに答えを出すことが、規模拡大期を迎える日本のクレジット取引市場にとって不可避の前提条件となる。
参考:金融庁.「カーボン・クレジット取引に関する金融インフラのあり方等に係る検討会」(第6回)議事録.令和7年4月11日
参考:金融庁.「カーボン・クレジット取引に関する金融インフラのあり方等に係る検討会」(第6回)議事次第.令和7年4月11日