フランスのエア・リキード(Air Liquide)とスイスのホルシム(Holcim)は2026年2月27日、ベルギー・オブールにあるホルシムのセメント工場において、大規模な二酸化炭素回収(CCS)を導入するための新たな提携合意を締結した。
本プロジェクトは、製造工程で排出されるCO2を年間110万トン回収することを目指しており、欧州初となる「ニアゼロ・セメント」の商業生産および、高品質なカーボンクレジット創出に向けた重要な転換点となる。
今回の合意の核心は、セメント製造の心臓部であるキルン(焼成炉)への酸素燃焼技術の導入だ。
エア・リキードが提供する独自技術「Cryocap™ OXY」により、燃焼プロセスで空気の代わりに酸素を使用することで、排出ガス中のCO2濃度を極限まで高めることが可能になる。これにより、回収効率を劇的に向上させ、エネルギー消費を抑制する。回収されたCO2はパイプラインで「アントワープ@C(Antwerp@C)」などの輸出拠点へ運ばれ、最終的には北海の海底に永久貯留される計画だ。
セメント産業は、石灰石の化学反応に伴う排出が避けられない「ハード・トゥ・アベート(削減困難)」なセクターの筆頭とされる。ホルシムが進める投資プログラム「GO4ZERO」の一環であるこのプロジェクトは、2030年までのベルギー国内でのカーボンニュートラル実現、ひいては欧州連合(EU)が掲げる2050年のネットゼロ目標達成に向けた試金石となる。
現時点で最終投資決定(FID)は、輸送・貯留インフラの整備や、デリスキング(リスク低減)のための公的支援、インフラ規制の枠組み構築を条件としている。EU域内排出量取引制度(EU ETS)における炭素価格が1トンあたり約70ユーロ(約11,500円)前後で推移する中、年間110万トンの回収は、単純計算で年間約126億円相当の排出コスト削減、あるいはカーボンクレジットとしての潜在的価値を生み出す規模に相当する。
今後は、技術的な実証段階から、インフラや法規制を含めた「経済的に自立したエコシステム」へと昇華できるかが焦点となる。エア・リキードによる炭素回収技術の産業化と、ホルシムによるプロセスの電化・代替燃料導入が結実すれば、世界のセメント業界における脱炭素化の標準モデルとなるだろう。
本件は単なる技術協力ではなく、削減困難な産業における「カーボンクレジットの質」を定義する動きである。日本でも三菱マテリアルや太平洋セメントなどの大手がCCS実証を急いでいるが、欧州のように「貯留インフラの共有化」が進むかが鍵となる。
国内の中小製造業にとっても、将来的にこうした大規模プロジェクトから創出されるカーボンクレジットの調達や、サプライチェーン全体での排出量管理が、国際競争力を左右する死活問題になることは間違いない。
