米EPAが「温室効果ガス危険性認定」撤回へ 連邦GHG規制の法的根拠を解体

村山 大翔

村山 大翔

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米トランプ政権と米環境保護庁(EPA)は2月12日、2009年に示された温室効果ガス(GHG)に関する「危険性認定(Endangerment Finding)」を正式に撤回する。CO2やメタンが公衆衛生と福祉に脅威を与えるとした同認定は、クリーンエア法に基づく連邦レベルの気候規制の法的前提である。撤回が実現すれば、自動車や発電所、石油・ガス設備に対するGHG規制の根幹が揺らぎ、米国のカーボンクレジット市場や炭素除去(CDR)投資にも波及する見通しである。

リー・ゼルディンEPA長官は今回の措置を「米国史上最大の規制緩和」と位置づけ、ホワイトハウスは規制コストが約1.3兆ドル(約195兆円)削減されると主張する。特に自動車部門では、新車1台当たり平均2,400ドル(約36万円)の価格低下が見込まれるとしている。

一方で、危険性認定の撤回は、GHGを「汚染物質」と位置づける科学的判断そのものを否定するものである。これにより、EPAは気候変動を理由に排出基準を設定する法的権限を失う可能性がある。対象は乗用車や商用車だけでなく、発電所、石油・ガス事業、メタン排出規制にも及ぶ。

今回の提案は2025年7月29日に公表され、同年8月に官報告示された。EPAはクリーンエア法202条に基づく自動車GHG規制の前提が失われるとして、ライト、ミディアム、ヘビーデューティー車両のGHG基準撤廃も同時に打ち出した。これが確定すれば、メーカーは将来モデルだけでなく、過去モデル年分を含むGHG測定・報告義務から解放される。

ただしEPAは、大気汚染物質や有害物質の測定基準、企業平均燃費(CAFE)試験、燃費表示制度は維持するとしている。すなわち、CO2規制のみを切り離す構図である。

科学界との対立は鮮明である。米国科学アカデミー(National Academies of Sciences)は2025年9月の報告書で、2009年の危険性認定は「現在も妥当であり、証拠はさらに強化されている」と結論づけた。環境団体アースジャスティス(Earthjustice)は、撤回決定が出れば直ちに提訴すると表明し、「確立された気候科学と法的義務を無視している」と批判する。

企業側も一枚岩ではない。化石燃料団体の一部は支持する一方、エジソン電気協会(Edison Electric Institute)などの電力業界団体や大手自動車メーカーは、州ごとの規制が乱立する「パッチワーク状態」と長期訴訟リスクを懸念する。連邦規制が消滅すれば、カリフォルニア州など独自基準を持つ州の影響力が相対的に強まるためである。

カーボンクレジット市場への影響も大きい。連邦レベルの排出基準が後退すれば、義務的コンプライアンス市場の拡大は停滞する可能性がある。他方、州主導の排出量取引制度や自主的ボランタリー市場への資金流入が加速するとの見方もある。特にメタン規制の緩和は、メタン削減クレジットの価格形成に直接的な影響を及ぼす。

CDR分野では、連邦規制の弱体化により排出削減インセンティブが低下すれば、企業の炭素除去需要が鈍化する懸念がある。一方で、国際サプライチェーンや欧州連合(EU)の炭素国境調整措置(CBAM)を意識する企業は、自主的に除去クレジットを確保する動きを維持する可能性がある。

今回の撤回は、エネルギー省の気候科学チームの設置手続きが連邦透明性法に違反していたとする2026年1月の裁判所判断を受けた直後に進められた経緯がある。法的正当性そのものが争点化する構図である。

危険性認定の行方は、米国の排出規制体制のみならず、世界最大級の炭素市場の制度設計を左右する。提訴が予想される中、最終的な司法判断は2026年後半以降に持ち越される可能性が高い。

参考:https://www.epa.gov/regulations-emissions-vehicles-and-engines/proposed-rule-reconsideration-2009-endangerment-finding