なぜカーボンクレジットは「炎上」するのか? 具体的な事例から広報・サステナ担当が知っておくべき批判の正体と、過剰なリスク回避の罠

村山 大翔

村山 大翔

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気候変動対策が企業の持続可能性を左右する現在、カーボンクレジットの活用は避けて通れない選択肢である。しかし、多くの大企業においてサステナビリティ担当者が二の足を踏んでいる。

その最大の理由は、メディアや環境団体によるグリーンウォッシング(見せかけの環境配慮)への批判、いわゆる「炎上」への恐怖である。

本来、カーボンクレジットの調達は地球環境に対する貢献活動であり、称賛されるべき行為のはずである。それにもかかわらず、なぜ批判の対象となってしまうのか。

本記事では、具体的な炎上事例を構造的に分析し、広報担当者が知っておくべき批判の正体と、過剰なリスク回避が招く罠について解説する。

炎上事例から紐解く「批判の正体」

近年、カーボンクレジットに関連して企業が批判を受けるケースが相次いでいる。しかし、これらの事例を詳細に分析すると、批判の矛先は「カーボンクレジットの調達」そのものではなく、その「伝え方」や「裏付けの欠如」に向いていることがわかる。

デルタ航空の「カーボンニュートラルな航空会社」という宣伝に対するグリーンウォッシング集団訴訟

代表的な事例として、2023年にアメリカのデルタ航空(Delta Air Lines)が直面した集団訴訟が挙げられる。同社は「世界初のカーボンニュートラルな航空会社」と大々的に宣伝したが、その根拠となるカーボンクレジットの一部に、追加性や永続性が疑われるプロジェクトが含まれていたことが問題視された。

消費者は「デルタ航空を利用すれば環境負荷がゼロになる」という印象を抱かされたが、実態は安価なカーボンクレジットによるオフセットに依存していたため、欺瞞的であると判断されたのである。本件はデルタ側が反対の主張をしており、現在も最終結論は出ていない。

Shellの「カーボンニュートラルドライブ」マーケティング

また、エネルギー大手のシェル(Shell)も、ガソリン代に数セントを上乗せすることで走行時の排出をカーボンニュートラルにできるという広告を展開し、オランダの広告監視機関から是正勧告を受けた。ここでの批判の本質は、化石燃料の消費という根本的な排出を続けながら、カーボンクレジットだけで「環境への影響がない」と錯覚させる表現の危うさにある。

これらの事例が示唆するのは、カーボンクレジット活用そのものが悪なのではなく、「排出削減の努力を代替する手段としてカーボンクレジットを利用し、それを過剰に美化して伝えること」が炎上の火種になるという事実である。

炎上のメカニズム:批判のトリガー
削減努力の欠如
自社の排出削減を後回しにし、クレジット購入のみで解決しようとする姿勢。
クレジットの質
追加性や永続性が疑わしい安価なクレジット(ジャンククレジット)の使用。
誇大な表現
「実質ゼロ」など、消費者に誤解を与える断定的なコミュニケーション。

法規制の強化と「消費者を騙さない」という大原則

欧州を中心に、グリーンウォッシングに対する法的な網掛けは急速に強まっている。欧州連合(EU)では、2026年から「グリーン移行のために消費者に権限を与える指令(Empowering Consumers for the Green Transition Directive、通称:EmpCo指令)」が本格的に適用される見通しである。

この指令では、企業が製品レベルで「カーボンニュートラル」や「環境に優しい」といった主張を行う際、それが排出削減ではなくカーボンクレジットのみに基づいている場合、その表示を禁止する方針を打ち出している。

ただし、この動きは、カーボンクレジットを否定するものではない

法的な観点から重要視されているのは、カーボンクレジットに限らず「消費者を誤認させる行為」を排除することである。法的措置を受けた事例の多くは、広告やブランディングにおいて、事実に基づかない誇大な表現を用いたり、都合の悪い情報を隠したりしたことが原因である。

逆に言えば、自社の排出削減実績を正確に開示した上で、どうしても削減できない残余排出(アベイト不可能な排出)に対して、質の高いカーボンクレジットを活用し、そのプロセスを透明性を持って公開していれば、法的に断罪される根拠はないはずである。

「沈黙」という過剰なリスク回避が招く損失

炎上を過度に恐れる企業の間では、環境への取り組みをあえて公表しない「グリーンハッシング(環境への取り組みの隠蔽)」という傾向が見られる。しかし、この過剰なリスク回避は、企業のサステナビリティ推進において深刻な機会損失を招く。

例えば、高品質なカーボンプロジェクトへの資金供給が滞ることは、グローバルな気候変動対策の遅延に直結する。また、投資家や取引先は、具体的なアクションを伴わない沈黙を「戦略の欠如」や「気候リスクへの無策」と捉える可能性がある。

リスクの種類沈黙(グリーンハッシング)による影響
資金調達・投資ESG投資の枠組みから外れ、資本コストが増大する。
市場競争力脱炭素化を求めるサプライチェーンから排除されるリスクが生じる。
社会貢献カーボンクレジットを通じた生物多様性保全や地域支援などのコベネフィットの機会を逸する。

リスク管理の最適解は、発信を止めることではなく、「科学的根拠に基づき、限界と可能性の両面を誠実に伝えること」に他ならない。

本質を見失わない戦略的コミュニケーション

カーボンクレジットは、脱炭素社会の実現に向けた有力なツールであり、その調達は本来、称賛されるべき貢献活動である。炎上の正体を見極めれば、それはカーボンクレジット自体の問題ではなく、企業姿勢の誠実さを問う「鏡」であることがわかる。

広報担当者やサステナビリティ担当者が真に守るべきは、目先の批判を避けるための沈黙ではなく、自社の削減努力とカーボンクレジットの役割を論理的に整理し、ステークホルダーに正しく伝えるための透明性である。「削減を第一とし、カーボンクレジットを補完とする」という本質を見失わない限り、企業は自信を持って環境貢献の旗を掲げることができる。

今こそ、根拠なき恐怖を論理で解消し、質の高いカーボンクレジットの活用を脱炭素経営の攻めの戦略として再定義すべき時である。

参考:https://www.climatecasechart.com/document/berrin-v-delta-air-lines-inc_f3e6

参考:https://www.climatecasechart.com/document/rcc-ruling-on-shell-drive-co2-neutral-1_1f28