脱炭素経営が企業の格付けを左右する現代において、カーボンクレジットの活用を対外発表することは、諸刃の剣となり得る。環境貢献を強調するつもりが、一部のメディアや環境団体から「排出削減の手抜きではないか」という、いわゆるグリーンウォッシュ(環境に配慮しているように見せかける欺瞞的な行為)の疑いをかけられるリスクを孕んでいるからである。
特に大企業のサステナビリティ担当者にとって、広報やマーケティング部門が打ち出す華やかなメッセージの裏で、いかに論理的な「防衛ライン」を構築するかは喫緊の課題といえる。
批判を不当な攻撃として退けるだけでなく、投資家や消費者に対して誠実な企業姿勢を証明するための、科学的な根拠に基づいた情報開示のあり方を整理する。
「削減至上主義」との向き合い方と優先順位の明確化
カーボンクレジット活用において最も批判の標的となりやすいのが、自社の排出削減努力を後回しにしていると見なされるケースである。国際的な基準であるSBTiをはじめとする多くの枠組みでは、まずはバリューチェーン内での直接的な排出削減を最優先し、カーボンクレジットは「どうしても削減できない残余排出」の補完として利用すべきであるという「削減至上主義」が徹底されている。
企業が誠実さを訴求するためには、まずこの優先順位を数字で示す必要がある。
具体的には、自社の削減ロードマップを提示し、現状の技術やコストでは削減が困難な「ハード・トゥ・アベイト」な領域を特定する。その上で、そのギャップを埋めるためにカーボンクレジットを利用するという論理構成を構築する。
(最優先)
(補完)
※自社で削減不可能な「ハード・トゥ・アベイト」領域のみを
クレジットで補完する論理が不可欠
カーボンクレジットの購入額が削減投資を上回っているような状況は、戦略的な不備と見なされる可能性が高いため、投資のポートフォリオを透明性高く開示することが第一の防衛策となる。
カーボンクレジットの品質を担保する「追加性」と「永続性」の理解
カーボンクレジットであれば何でも良いという時代は終焉を迎えている。
現在、市場ではカーボンクレジットの質を厳格に問う動きが加速しており、担当者は「追加性」と「永続性」という2つの専門用語を深く理解しておく必要がある。
追加性とは、カーボンクレジットによる資金流入がなければ、その削減活動が実施されなかったことを指す。例えば、既に法的規制で義務付けられている森林保護をクレジット化しても、それは追加性があるとは認められない。
一方、永続性とは、吸収・回避された炭素が再び大気中に放出されない期間の長さを意味する。植林プロジェクトであれば、火災や伐採のリスクをどう管理しているかが問われることになる。
高品質なカーボンクレジットを選択し、その選定基準を自ら語れるようになることが、論理的な反論の柱となるだろう。
「自社の定義」を確立する情報開示のフレームワーク
世界的に見ても、グリーンウォッシュの定義やカーボンクレジット活用のガイドラインは、いまだ過渡期にある。
ボランタリーカーボンクレジット市場(VCM)における基準は乱立しており、一つの絶対的な正解が存在しないのが実情である。こうした状況下で最も重要なのは、他者の基準に振り回されることではなく、自社なりの解釈と主張を所有することである。
各国の消費者意識や商習慣により、受け入れられる広告表現は異なる。
しかし、どのような文脈であっても、自社の方針を以下の3つの視点で整理しておくことが、マーケティング部門にチェックを入れる際の「最低限の防衛ライン」となる。
| 条件 | 確認すべき内容 |
| 削減の優先 | 自社削減の進捗率を公開し、カーボンクレジットが補完的であることを示しているか。 |
| 品質の透明性 | カーボンクレジットの種別、発行元、追加性や永続性の根拠を説明できるか。 |
| 主張の限定 | 「環境に優しい」といった過度な一般化を避け、具体的な貢献範囲に留めているか。 |
大事なのは、突かれた時に「それは我が社の方針に基づいた、論理的な帰結である」と即答できる準備をしておくことである。
誠実さは「透明なロジック」に宿る
カーボンクレジット活用を企業の誠実さに繋げるためには、完璧な削減を待つことではなく、現在の限界と向き合う姿勢を情報開示に乗せることである。科学的な根拠に基づき、自社の削減努力とカーボンクレジットの役割を峻別して語る態度は、ステークホルダーからの信頼を勝ち取る強力な武器となる。
「批判を恐れて沈黙する」のではなく、「批判を想定した論理を構築する」。
この攻めの姿勢こそが、これからのサステナビリティ担当者に求められる資質であると言えるだろう。
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