ケベック州「炭素市場の信頼性」に懸念の声 GHG削減目標を2035年に5年延期へ

村山 大翔

村山 大翔

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カナダ・ケベック州政府は1月22日、1990年比で37.5%の温室効果ガス(GHG)排出量を削減する目標期限を、従来の2030年から2035年へ5年延期すると発表した。

ベルナール・ドランビル(Bernard Drainville)環境・気候変動対策・森林・公園大臣は、経済保護と雇用維持を優先する「現実的なアプローチ」と説明するが、北米最大級の炭素市場を形成する同州の決定に対し、投資家や諮問機関からは排出権価格のシグナル弱体化を懸念する声が上がっている。

ドランビル環境相は記者会見で、「気候変動への行動は不可欠だが、バランスと責任が必要だ。2030年の期限を死守することは、現在の不透明な経済情勢下で州の経済に深刻なリスクをもたらす」と述べ、関税障壁などの国際的な不確実性を背景に挙げた。同州は1990年以降、すでに約20%の排出削減を達成しているが、残りの17.5%を残り5年で完遂するのは経済的負担が大きすぎると判断した

今回の決定は、州独自の気候変動諮問委員会(CCCC)が2025年11月に出した「目標を維持または強化すべき」との提言に真っ向から反する。同委員会は、目標の先送りは将来的にさらに急進的かつ高コストな削減を強いることになり、2050年のカーボンニュートラル達成に向けた経済的・技術的な障壁を増大させると警告した。

ケベック州は、カリフォルニア州と共同でキャップ・アンド・トレード型の炭素市場を運営している。

今回の目標緩和は、市場における排出枠の供給過剰を招き、炭素価格を下落させるリスクを孕む。環境団体のエキテール(Equiterre)などは、この動きがグリーン投資に対する投資家の信頼を損ない、炭素除去(CDR)技術などの革新的分野への資金流入を停滞させると批判している。

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一方で州政府は、クリーンエネルギーへの移行自体は継続する姿勢を強調した。

州営電力のハイドロ・ケベック(Hydro-Quebec)は今後10年間で2,000億ドル(約31兆4,000億円)を投資し、2050年までにクリーンエネルギー生産量を倍増させる計画だ。ドランビル環境相は「オンタリオ州やブリティッシュ・コロンビア州、さらには連邦政府レベルでも環境目標の見直しが進んでいる」と指摘し、地域的な競争力を維持するための柔軟性が必要だと主張した。

今後は、目標延期が炭素市場の価格設定にどのような影響を与えるか、また2045年までの完全脱炭素化ロードマップに盛り込まれていた炭素回収・貯留(CCS)技術の導入ペースがどう変化するかが焦点となる。

州議会では野党からの反発も強まっており、次回の気候変動対策計画の更新期限に向けた議論が加速する見通しだ。

ケベック州の決定は、北米の炭素市場(WCI)に依存する事業者にとって大きな転換点となる。

排出削減目標の「5年先送り」は、短期的には企業のコンプライアンスコストを下げるが、長期的には炭素価格の低迷を招き、直接空気回収(DAC)などの高コストな炭素除去(CDR)プロジェクトへの投資意欲を削ぐリスクがある。

日本企業にとっては、北米のクレジット価格が軟化する可能性を注視しつつ、現地の環境政策が「理想」から「経済合理性」へとシフトしている潮流を読み解く必要がある。

これは単なる後退ではなく、より長期のスパンでハイドロ・ケベックのような巨額のインフラ投資に資金を集中させる戦略とも取れる。

今後は、規制による強制力よりも、補助金や投資優遇策を軸とした「産業政策としての脱炭素」が北米で主流になるだろう。

参考:https://www.quebec.ca/nouvelles/actualites/details/cible-de-reduction-des-ges-quebec-maintient-une-cible-ambitieuse-mais-realiste-68116#:~:text=Cible%20de%20r%C3%A9duction%20des%20GES,mais%20r%C3%A9aliste%20Gouvernement%20du%20Qu%C3%A9bec