日本の気候変動対策が大きな転換点を迎えている。特に、排出量取引制度(GX-ETS)や炭素税を含むカーボンプライシングの制度設計は、政党間の勢力図の変化によってその実効性と方向性が密かに問われている。
本稿では、来たる衆院選に向けた各陣営のカーボンプライシングおよび排出量取引制度(GX-ETS)に対する政策を整理し、その論点を詳細に解説する。
与党連合(自民党・日本維新の会)産業競争力と投資先行の堅持
自民党と、現政権を支える日本維新の会は、経済成長を主導とする「投資先行型」の脱炭素戦略を推進している。
自民党は、政府が発行する20兆円規模の「GX経済移行債」を呼び水とし、今後10年間で官民合わせて150兆円を超える脱炭素投資を引き出す「成長志向型カーボンプライシング構想」を堅持している。2026年度から本格始動した排出量取引制度(GX-ETS)を、化石燃料賦課金や有償オークションと組み合わせ、段階的に炭素価格を引き上げる方針である。
一方で、維新は野党時代において自民党案に対し「スピード感の欠如」を指摘し、より市場原理を重視した改革を突きつけている。維新は、現在自主参加型となっているGX-ETSを早期に法定義務化し、全産業部門を対象とした有償オークションの開始時期を、現行の2033年度から大幅に前倒しすることを主張している。既存のエネルギー税制を、炭素排出量に比例した「削減インセンティブ型税制」へと再編し、法人税減税と組み合わせることで、企業の国際競争力を高める狙いがある。
この与党連合の政策は、経産省主導の官邸主導体制を維持しつつ、原発の最大限活用と次世代技術への大規模投資を両輪とする「攻めの脱炭素」といえる。
中道改革連合(公明党・立憲民主党)公正な移行と見える化
対峙する公明党と立憲民主党による「中道改革連合」は、脱炭素の推進と同時に、社会的な不平等の解消や中小企業の保護を重視する姿勢を強めている。
立憲が掲げる「公正な移行」という理念は、この連合の核心である。2035年までに温室効果ガスを2013年度比で66%以上削減するという高い目標を掲げる一方で、産業構造の転換に伴う雇用の喪失を防ぐため、「所得補償制度」の法制化を提案している。また、抽選で選ばれた市民が議論に参加する「くじ引き民主主義(国民会議)」や、将来世代の利益を代表する「未来世代法」の制定など、意思決定プロセスの民主化を強調している。
公明党の強みである「生活者視点」は、具体的な政策実装に反映されている。製品のライフサイクル全体での排出量を表示するカーボンフットプリント(CFP)の義務化や、中小企業が排出量を把握するためのデジタルツール整備への強力な財政支援を求めている。さらに、藻場や干潟による吸収源対策であるブルーカーボンを国家戦略の柱に据え、公共事業におけるCO2吸収型コンクリートの活用を拡大させる方針である。
この連合は、炭素税の導入を検討しつつも、国民の総負担を増やさない「税負担の軽減」をセットにすることを約束しており、家計への影響を最小限に抑える現実的な脱炭素を模索している。
多様な視点を示す各政党の独自政策
主要な二大勢力以外にも、脱炭素のあり方を問う独自の政策が展開されている。
国民民主党は、産業界の競争力を損なわないための「ハイパー償却税制」を提案している。これは、デジタルや環境投資に対し、取得額の100%を超える減価償却を認める大胆な優遇措置である。特に自動車産業において、電気自動車(BEV)だけでなく、水素や合成燃料(e-fuel)など、多様な技術の選択肢を維持する「自動車産業脱炭素化推進法」の制定を強く主張している。ただし、カーボンプライシング制度などについては詳細に言及していない。
日本共産党は、現在のGX政策を「石炭火力と原発の延命策」であると厳しく批判している。2030年度までの石炭火力発電からの完全撤退を求め、再生可能エネルギー100%への転換を急ぐべきだとしている。カーボンプライシングに関しても、法的拘束力のある「排出上限(キャップ)」の設定を最優先事項に掲げている。
れいわ新選組は、カーボンプライシングによる収益を国民に直接還元する「炭素配当」を主張している。また、介護や保育などの「ケア労働」は二酸化炭素を排出しない低炭素な仕事であると再定義し、これらの従事者の賃金を公費で月額10万円引き上げることで、雇用創出と脱炭素を同時に達成する「れいわグリーン・ニューディール」を提唱している。
参政党は、脱炭素政策が国民負担を増大させている現状を問題視し、温暖化の原因や対策の必要性について、偏りのない科学的エビデンスに基づく再検証を求めている。再エネ賦課金の見直しやガソリン税の減税を掲げ、足元の国民生活を守ることを最優先している。
政策比較の総括「2026年の論点整理」
各党の政策を、カーボンプライシング(CP)の手法とエネルギー戦略の観点から整理すると、以下の表のようになる。
| 政党・勢力 | カーボンプライシングの性格 | 主要なエネルギー源 | 独自の特徴 |
| 与党連合(自民・維新) | 成長志向型・市場原理の強化。早期の義務化と有償化を志向。 | 原発の最大限活用+再エネ | GX経済移行債による大規模投資と市場競争の促進。 |
| 中道改革連合(立憲・公明) | 公正な移行を前提とした税制。CFPによる見える化を重視。 | 再エネ+省エネ+吸収源対策 | 未来世代法やくじ引き民主主義による合意形成。 |
| 国民民主党 | 適切な価格転嫁と投資減税。ハイパー償却の導入。 | 水素・合成燃料+次世代原発 | 自動車産業の雇用維持と多様な技術の確保。 |
| 日本共産党 | 法的な排出上限(キャップ)の設定。無償枠の廃止。 | 再エネ100%(脱原発・脱石炭) | グリーンウォッシュの徹底排除と化石燃料からの早期撤退。 |
| れいわ新選組 | 炭素配当による国民への直接還元。バッズ課税。 | 再エネ+積極財政 | ケア労働をグリーン雇用と定義し、大幅な処遇改善を行う。 |
| 参政党 | 科学的再検証を重視。再エネ賦課金の廃止。 | 既存原発・火力の活用 | 電気・燃料価格の引き下げによる国民生活の防衛。 |
有権者に問われる「脱炭素の質」
2026年の日本において、脱炭素はもはや理想論ではなく、具体的な制度設計と負担のあり方を問う段階に達している。
与党連合が推進する市場主導のGXは、日本の産業構造を劇的に変革し、国際的な競争力を高める可能性を秘めている。しかし、急激な市場開放は一部の企業の脱落を招くリスクも孕んでいる。対する中道改革連合の政策は、社会的な弱者を守り、国民の納得感を得ることに重きを置いているが、そのスピード感が世界の潮流に追いつけるかどうかが課題となる。
排出量取引制度(GX-ETS)が本格的に稼働し始めた今、私たち読者や有権者に求められているのは、どの政党の政策が、将来にわたって持続可能な経済と環境を構築できるのかを見極める目である。炭素に価格がつく時代、その価格が私たちの生活や未来をどのように形作るのか。
今回の選挙の結果は、日本のカーボンニュートラルへの歩みを決定づける歴史的な一歩となるだろう。
出典:内閣官房 GX実行会議
出典:日本維新の会:https://o-ishin.jp/news/2023/images/17cf183acf5c7e1dc395b1eacddf60c2e4b208c1.pdf
出典:立憲民主党:https://cdp-japan.jp/visions/policies2025/25
出典:公明党:https://www.komei.or.jp/content/p433870/
出典:国民民主党:https://new-kokumin.jp/policies/specifics/specifics1
出典:参政党:https://sanseito.jp/2020/hashira09/
出典:日本共産党:https://www.jcp.or.jp/web_policy/11732.html
出典:れいわ新選組:https://reiwa-shinsengumi.com/reiwa_newdeal/newdeal2021_02/


