米国ニューヨーク州議会のマーク・ウォルジク上院議員(共和党)は今週、同州が進める炭素排出枠取引制度「キャップ・アンド・インベスト」の法的根拠を無効化する法案(S8607)を提出した。本法案は、環境保全法(Environmental Conservation Law)の第75-0109条を撤廃することを目的としており、成立すれば、州当局による温室効果ガス排出削減規制の策定義務が消滅し、導入目前の炭素市場メカニズムが根本から覆る可能性がある。
排出規制の法的基盤を標的に
今回提出された法案S8607は、ニューヨーク州の画期的な気候変動対策法「気候リーダーシップおよびコミュニティ保護法(CLCPA)」の執行メカニズムを直接の標的としている。具体的には、環境保全州局(DEC)に対し、州全体の温室効果ガス排出削減目標を達成するための規制策定を義務付ける条項(第75-0109条)の削除を求めている。
この条項に基づき策定される規制は、ニューヨーク州が気候変動対策の中核として位置づける「キャップ・アンド・インベスト」プログラムの土台となるものである。このプログラムは、汚染者に対して排出枠(クレジット)の購入を義務付け、その収益を気候変動対策に再投資する仕組みだが、法的根拠が失われれば制度設計そのものが瓦解する。
裁判所命令への対抗措置
この法案提出の直接的な契機となったのは、2025年10月に下されたオルバニー郡裁判所による判決である。同判決は、DECに対し、遅延している排出削減規制を2026年2月6日までに公布するよう命じた。
ウォルジク議員は、この司法判断による制度導入の加速を阻止する構えだ。同議員は法案の趣旨説明において、「この法律の条項を撤廃することで、訴訟の原告らがキャップ・アンド・インベスト・プログラムの実施を要求する法的根拠はなくなる」と述べ、司法命令の前提条件を取り除く狙いを明確にした。
巨額のコスト負担を懸念
法案提出の背景には、脱炭素化に伴う経済的負担への懸念がある。ウォルジク議員は、キャップ・アンド・インベストの導入により、「ニューヨーク州の企業に対して年間100億ドル(約1兆5,000億円)の課税が発生する」と指摘し、そのコストが価格転嫁を通じて消費者の負担になると警告した。
さらに、CLCPA全体の遵守にかかるコストについて、「控えめに見積もっても3,400億ドル(約51兆円)に達する」と述べ、排出削減義務の撤廃により州民の経済的負担を軽減すべきだと主張している。
現在、同法案は上院の規則委員会(Rules Committee)に付託されている。民主党が優勢なニューヨーク州議会において、共和党主導の撤廃法案が可決されるハードルは高いものの、2026年2月の規制公布期限を前に、炭素市場の導入を巡る政治的攻防は激化の一途をたどっている。

