2025年11月、ブラジルのベレンで開催されたCOP30(国連気候変動枠組条約第30回締約国会議)において、新たな国際的な連盟が発足した。「Article 6 Ambition Alliance(AAA6)」である。日本語では「パリ協定6条野心連合」と訳されるこの枠組みは、パリ協定が掲げる気温上昇抑制目標と、各国の現在の削減目標との間に横たわる溝を埋めることを目的としている。
本稿では、AAA6が設立された背景とその画期的なメカニズム、そして今後のカーボンクレジット市場に与える影響について解説する。
削減目標の乖離とAAA6設立の背景
2025年は、パリ協定締約国が2031年から2035年に向けた新たな「Nationally Determined Contributions(NDC, 国が決定する貢献)」を提出する重要な節目であった。しかし、科学的な知見やグローバル・ストックテイク(世界全体の進捗評価)が示す現実は厳しいものである。提出されたNDCの積み上げだけでは、パリ協定が目指す「1.5℃目標」の達成には不十分であることが明らかになっている。この目標と現実の乖離は「アンビション・ギャップ(野心の欠如)」と呼ばれ、早急な是正が求められていた。
こうした状況下で発足したAAA6は、スイス、ザンビア、ドイツ、チリなどの有志国によって主導された。その核心は、パリ協定第6条に基づく市場メカニズムを活用し、NDCの達成に必要なレベルを超えた追加的な資金提供と排出削減を実現することにある。
自国の目標には算入しない「真の貢献」
AAA6の最大の特徴は、取得したクレジットの取り扱いにある。通常、パリ協定第6条に基づく取引では、クレジットを購入した国はそれを自国のNDC達成のために使用する。しかし、AAA6に参加する国々は、資金を拠出して「Internationally Transferred Mitigation Outcomes(ITMOs, 国際的に移転される緩和成果)」を取得しても、それを自国のNDC達成には使用しない意向を示している。
具体的には、購入したITMOsを自国の政府排出量のオフセットや、NDCを超えた国家的な法規制の遵守、あるいは純粋な環境貢献として無効化するために使用する。これは、自国の削減義務の穴埋めではなく、地球規模での総排出量を純粋に減少させるための行動である。
また、クレジットを創出するホスト国側においても、これらの活動をNDC以外の目的、すなわち「Other International Mitigation Purposes(OIMP, その他の国際的な緩和目的)」として承認する意思を確認している。これにより、二重計上のリスクを排除しつつ、途上国への資金還流と技術移転を促進する狙いがある。
民間セクターへの期待と高潔性の確保
AAA6は政府だけの取り組みには留まらない。民間企業に対しても、NDCを超えた野心的な気候変動対策への貢献を呼びかけている。企業がボランタリーな目的でITMOsを利用する場合も、それが世界全体の削減目標の底上げに寄与することが期待されているからだ。
さらに、宣言文では市場の高信頼性が強く意識されている。IPCCの知見に基づき、2050年までに排出と吸収のバランスをとるためには、二酸化炭素除去(CDR)が不可欠であるとし、政府や企業に対して除去系クレジットへの関与を求めた。また、パリ協定6.4条(国連管理型のメカニズム)に整合した高潔な炭素市場へのコミットメントも表明されている。
この枠組みは、2035年までに官民あわせて年間少なくとも1兆3000億米ドル(約195兆円)規模の気候資金を途上国へ還流させるという目標の一翼を担うものである。
オフセットから「貢献」への転換点
AAA6の設立は、カーボンクレジットの役割が単なるオフセットから、地球全体の野心を引き上げる「コントリビューション(貢献)」へと進化していることを象徴している。
自国の目標達成のためだけにクレジットを使うのではなく、追加的な資金を投じて地球全体の削減に寄与するという姿勢は、今後の国際交渉や企業の脱炭素戦略において新たなスタンダードとなる可能性がある。
日本企業においても、単に自社の排出量を埋め合わせるだけでなく、こうした国際的な「野心」の潮流を理解し、質の高いクレジットを通じた気候変動対策への貢献を検討すべき段階に来ているのである。

