英LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)などの研究チームは2025年12月5日、科学誌『Nature Climate Change』において、強力だが短寿命な温室効果ガスであるメタンの排出をオフセットするには、恒久的な炭素除去ではなく「30年間の短期的な二酸化炭素(CO2)除去」が気候物理学的および経済厚生の観点から最適であるとする研究成果を発表した。研究チームは、1トンのメタン排出に対し、30年契約のCO2除去87トン分が「厚生等価(Welfare Equivalent)」であると算出した。この発見は、永続性の保証が課題とされてきた植林など自然由来のカーボンクレジットに対し、新たな市場理論的根拠を与えるものである。
メタンとCO2の「時間のズレ」を解消
これまでの気候変動対策では、地球温暖化係数(GWP)を用い、メタンの温室効果をCO2換算して評価するのが一般的だった。しかし、メタンは排出直後の温室効果が極めて高い一方で約30年で分解されるのに対し、CO2は数百年以上にわたり大気中に留まる。 研究チームは、メタン排出を恒久的なCO2除去(DACCSなど)でオフセットしようとすると、短期的には温暖化が進み、長期的には過剰に冷却されるという「世代間の厚生移転(不平等)」が生じると指摘した。
これに対し、メタンの寿命に近い「30年間の短期CO2除去」を適用することで、気温上昇の抑制効果を時間軸上で一致させることが可能になる。研究チームは、「メタンの温暖化効果と、短期CDR(炭素除去)による冷却効果は同じ30年間で発生するため、世代間の不公平な負担転嫁を排除できる」と分析している。
「30年契約」が森林カーボンクレジットの信頼性を補完
本研究は、カーボンクレジット市場、特に森林再生などの自然由来ソリューションに重要な示唆を与えている。 森林プロジェクトは、100年単位の永続性を保証することが物理的・法的に困難であり、これがカーボンクレジット品質の懸念材料とされてきた。しかし、対メタン用のカーボンオフセットとして「30年」という期間が科学的に正当化されれば、モニタリングや契約履行の確実性は飛躍的に向上する。
論文の共著者であるフランク・ヴェンマンス氏らは、「30年契約は住宅ローンなどで経済界には馴染み深く、永続契約よりも監視や管理が容易である」と述べ、短期契約終了後に森林が存続していれば、新たなメタン排出の相殺に再利用できる可能性も示唆した。
経済合理性と新たな交換比率
研究による試算では、1トンのメタンを相殺するために必要な30年間のCO2除去量は約87トン(RCP2.6シナリオの場合)とされる。恒久的な除去であれば17トンで済む計算だが、短期除去クレジットの単価は一般的に安価であるため、経済的な優位性は揺るがない。
- 社会的費用
メタンの社会的費用(SCM)は1トンあたり7,000ドル(約105万円)以上との試算もあり、これを回避するためのコストとして、30年間の短期除去クレジットへの投資は十分に正当化される。 - 調達コスト
森林由来の除去コストが1トンあたり20ドル(約3,000円)以下であれば、87トン分を調達しても1,740ドル(約26万円)程度に収まり、メタン排出削減コストとして現実的な範囲内となる。
今後の展望と市場への影響
2024年のCOPでのパリ協定6条(市場メカニズム)に関する合意を受け、国際的な炭素会計の厳格化が進んでいる。農業や畜産由来のメタン排出は2050年時点でも年間3,300万トン残存すると予測されており、これらを処理する市場メカニズムとして「短期CDR」の需要が急拡大する可能性がある。
研究チームは結論として、「恒久的なCO2排出には恒久的な除去を、短期的なメタン排出には短期的な除去を充てるべきだ」と指摘し、それぞれの特性に応じた分離市場の創設が、ネットゼロ社会の実現に寄与するとの見解を示した。

