カナダ連邦政府系の農業金融機関であるファーム・クレジット・カナダ(FCC)は11月26日、炭素除去(CDR)技術「強化風化(ERW)」を手掛ける英国発のスタートアップ、UNDOへの戦略的投資を発表した。UNDOは、粉砕した岩石を農地に散布することで、土壌の質を改善しながら大気中の二酸化炭素(CO2)を半永久的に固定する技術を持つ。FCCによる資金支援を受け、UNDOは2026年までにカナダ・オンタリオ州での事業規模を3倍に拡大し、農業の生産性向上と気候変動対策の両立を実証する構えだ。
政府系資金が「岩石による炭素除去」を後押し
今回の投資は、FCCのベンチャーキャピタル部門である「FCCキャピタル」を通じて実施された。FCCはカナダ政府の農業・農産食品大臣の管轄下にある国営企業(Crown corporation)であり、同国の農業従事者にとって最も信頼される融資パートナーの一つである。FCCキャピタルは、2030年までに農業イノベーション分野へ総額20億カナダドル(約2,160億円)を投資する目標を掲げており、UNDOへの出資はその先駆けとなる重要案件と位置付けられる。
UNDOの創業者兼CEOであるジム・マン氏は、「FCCからの触媒的な投資により、来年の事業規模を3倍にし、将来的にはさらに加速できる」と述べ、オンタリオ州を足掛かりにカナダ全土へ展開する意欲を示した。
「強化風化」がもたらす農家への実利
UNDOが展開する強化風化(Enhanced Rock Weathering: ERW)とは、自然界で数百万年かけて行われる岩石の風化プロセスを、人為的に加速させる技術である。雨水に含まれるCO2が、農地に散布された反応性の高い岩石(ケイ酸塩岩)と接触・反応し、重炭酸イオンとして安定化・固定される仕組みだ。
このプロセスの鍵となるのが、オンタリオ州キングストン近郊で採掘される「珪灰石(ウォラストナイト)」である。UNDOのビジネスモデルは、以下の仕組みで農家に直接的なメリットを提供する。
- コスト負担の最小化
UNDOは農家に対し、粉砕した珪灰石を無償で提供・散布する。農家側が負担するのは採掘場からの輸送費のみである(キングストン市など一部自治体では輸送費補助のリベート制度も導入されている)。 - 農業的利点(アグロノミー)
珪灰石は土壌中で分解される過程で、カルシウム、マグネシウム、ケイ素などの必須栄養素を放出する。これにより土壌pHの安定化、作物の根の成長促進、干ばつや病害虫への耐性向上が期待できる。
農家にとっては「安価な土壌改良剤」として機能し、UNDOにとっては「高品質な炭素除去クレジットの創出元」となるWin-Winの関係が成立する。
信頼性の高いクレジット市場の開拓
UNDOは、散布した岩石によるCO2除去量を科学的に測定・報告・検証(MRV)する体制を構築しており、創出されたカーボンクレジットは、質の高い除去枠を求めるグローバル企業に販売されている。
- マイクロソフト:2025年10月、2万8,900トンのCO2除去契約を締結。
- バークレイズ:2025年9月、英銀行大手として初となるCDR購入契約を締結し、6,538トンの除去を確約。
- その他:ブリティッシュ・エアウェイズやマクラーレン・レーシングなども購入者リストに名を連ねる。
また、UNDOは2025年4月、賞金総額1億ドル(約150億円)のコンペティション「XPRIZE Carbon Removal」において、世界4チームの勝者の一つに選出されており、その技術的信頼性は国際的に高く評価されている。
今後の展望
カナダには約19万の農場と1億5,300万エーカーの農地が存在し、ERWの潜在能力は極めて大きい。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)によれば、ERWは世界で年間最大40億トンのCO2を除去できる可能性があり、これは世界の除去必要量の約40%に相当する規模だ。
FCCキャピタルのマネージング・ディレクター、アダム・スモーリー氏は、「我々の投資は、カナダの生産者が収量を増やし、食料システムを強化し、高品質な炭素除去を実現するソリューションへのアクセスを保証するものだ」と指摘した。
既存の農地を活用し、土地利用転換を伴わずに実施できるERWは、食料安全保障と脱炭素を対立させない現実的な解として、農業金融界からの注目を急速に集めている。
