ボランタリーカーボンクレジット市場向けの格付け会社ビゼロ・カーボン(BeZero Carbon)が10月30日、自然由来プロジェクトの空間境界を網羅したデータベースを自社プラットフォームで公開した。世界20超の登録機関に分散する3,000件超のプロジェクトを統合し、重複発行やベースラインの歪みを是正するとともに、市場横断のリスク・ベンチマークを可能にする取り組みである。
ビゼロは各プロジェクトの境界を公的文書に照合し、手書き図から精密なフィールド境界まで不揃いな情報を統一した。約600件は手作業でのデジタイズや修正を要した。登録状況のメタデータも付与し、登録・アクティブが34%、開発前段階が42%、完了・非アクティブ・却下・取下げが24%と整理した。今後は登録パイプラインへの新規流入を継続監視し、更新を続けるとしている。
市場の三つの構造課題、具体的にはダブルカウント、ベースライン、ベンチマーク—に対する処方箋が核である。まずダブルカウントでは、同一空間への重なりを全件可視化することで発行カーボンクレジットの重複リスクを抑制する。ビゼロは「非自明な重なり」が最大約10%で見つかるとし、ある事例では同社の指摘を受けて一方のプロジェクトが取り下げられたと説明した。
ベースラインでは、参照地域に他の炭素プロジェクトが混入すると反事実の推定が歪む。ビゼロは動的ベースラインに境界データベースを組み込み、こうした盲点を除去したとする。標準化団体や開発者にも同様の実装を促している。
リスク・ベンチマークでは、ビゼロの八段階格付け(AAA〜D)に加え、地理空間要因を市場全体または特定サブセットで相対比較できる。北米の森林管理(IFM)群の火災リスクや、アマゾンのREDDにおけるバイオマス、マングローブの海面上昇曝露など、個別プロジェクトの位置づけを定量で示せるという。実例として、米カリフォルニアのIFM案件「CAR1382(Cohasset 2019)」は25〜50年の推定火災回帰間隔と近年20年間の無火災が観測されていたが、2024年に面積の96%が焼失したと報告した。
空間的な全体像の把握も前進した。2024年時点のプロジェクト境界内の平均年気温は17.5度で、中国の新疆ブルチン改良放牧管理からセネガルのタンバ20000森林再生まで分布する。気候シナリオ(NEX-GDDP-CMIP6)に基づく2050年の上昇見通しは、2024年比で平均0.5〜1.2度である。衛星推計によれば、ボランタリーカーボンクレジット市場の森林蓄積はCO2換算500億トン超に達し、2000〜2024年の森林系アクティブ案件の平均排出はヘクタール当たり-0.15トン、周辺非プロジェクト景観は同1.9トンの排出だったとする。
空間的な「極値」も整理された。最大規模はボリビアの「先住民地域REDDプロジェクト」で約360万ヘクタール、最高所はチベット・アリの改良放牧管理で標高6,173メートル、最低所はイスラエルの農地管理「TERRRA Santa」で海抜マイナス290メートルに位置する。保護区・国立公園との重なりは22%、重要生物多様性地域(KBA)との重なりは15%で、IUCNレッドリストの絶滅危惧種6,485種の分布域が少なくとも一つのプロジェクト境界と重なる。うち909種は深刻な絶滅危機(CR)である。
プラットフォーム利用者は、保護区や道路網、バイオマス、火災履歴などの文脈情報とともに境界を重ね合わせ、プラネット・ラボ(Planet Labs)の高解像度画像を12週間ごとに遡って点検できる。データベース自体は営利・非営利の研究用途にも提供され、英国・イーストアングリア大学のティンダル気候変動研究センター(Tyndall Centre for Climate Change Research)、ケンブリッジ大学およびブラジル国立宇宙研究所(INPE)での活用が進む。
ティンダルセンターの上席研究員マシュー・ジョーンズ氏(Dr Matthew Jones)は「統一データセットへのアクセスは、市場の地球炭素循環への寄与と、山火事のようなリスク曝露の理解を高める」と述べた。ケンブリッジ大学カーボンクレジットセンター(Centre for Carbon Credits、4C)共同創設者でCanopy PACTの最高科学責任者を務めるトム・スウィンフィールド氏(Dr Tom Swinfield)は「BeZeroの境界データは、私の知る限り最も完全な炭素プロジェクト位置情報の記録だ。科学分析の強化に役立つ」と指摘した。
ボランタリーカーボンクレジット市場の信頼性向上において、空間境界の完全可視化は重複発行の抑止、ベースラインの厳格化、格付けの実効性を同時に高める。ビゼロは市場のデータ成熟度の進展を背景に、今後も登録動向を反映した更新を続ける方針である。2050年の気候影響見通しが迫る中、標準化団体や政府が本データをどこまで制度に取り込むかが次の焦点となる。
参考:https://bezerocarbon.com/insights/mapping-the-market-bezeros-global-boundaries-database