各国の法規制でPCCMの信頼性向上へ 「需給・市場の三位一体で整合、政治の逆風に耐える枠組み」構築

村山 大翔

村山 大翔

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9月25日、米ニューヨーク市でのクライメート・ウィーク期間中に開かれた非公開円卓会議で、プロジェクト型カーボンクレジット市場(PCCM)の規制整備について議論が行われた。主催はコロンビア大学国際公共政策大学院のグローバル・エネルギー政策センター(CGEP)で、政府、国際機関、レジストリ、金融機関、評価機関、開発者などが参加した。参加者は、ボランタリー市場(VCM)とコンプライアンス市場の収斂を見据え、供給・需要・市場取引の各段階を貫く規制が不可欠だと一致した。

PCCMは2018年の累計発行196百万トンから2025年には2,489百万トンまで拡大したが、2024年の年間発行は2021年ピークから40%減の約3億トンに低下した。信用性への懸念が減速要因とされる。供給側ではボランタリー・カーボン・マーケット完全性評議会(ICVCM)が基準を示し、需要側ではボランタリー・カーボン・マーケット完全性イニシアチブ(VCMI)が指針を示すが、いずれも任意で拘束力を欠く。これに対し、各国の規制は強制力と域内外の相互運用性を提供し、市場の信頼と流動性を高め得るとされた。

議論はまず、規制対象を供給・需要・市場の三本柱として整理する妥当性に及んだ。供給では検証の厳格化、需要では使用ルールの明確化、市場ではデータ・取引制度と透明性が鍵だという。ある参加者は「最終的にVCMとコンプライアンス市場は融合し、デリバティブ市場のように国際協調規制で支えられるべきだ」と述べた。

一方で、開発資金の最大化、利害関係者ごとのルール設計、ネットゼロ進捗の確保という目標が競合しうる現実も指摘された。京都議定書のクリーン開発メカニズム(CDM)が安定収益を期待した関係者に失望を残した経緯を踏まえ、過度な期待管理が必要だとされた。別の参加者は「カーボンクレジットは“ケーキの上のさくらんぼ”であり、ケーキそのものではない」と強調した。

リスク配分では、プロジェクト開発から発行・移転に至るまでの責任主体の特定が必要とされた。検証・妥当性確認機関(VVB)への依存、レジストリの設計、パーマネンスや逆戻り(火災・害虫・土地転換)対応の負担分担が焦点である。環境当局だけでなく金融監督や品質監督機関を含む横断的ガバナンスが求められ、政府は承認・監督機能を保ちながらもVVB選定やカテゴリー判断の「マイクロマネジメント」を避けるべきだとの見解が示された。

需要側規制の遅れは最大の課題として共有された。企業がいつ・どのようにクレジットを活用できるかの明確なルールが乏しく、参加の一貫性を損なっている。シンガポールの炭素税制度が課税排出量の最大5%まで国際クレジットの利用を認める例は、需要喚起の明確な理由付けとして評価された。対照的に、ドイツの訴訟駆動型アプローチは市場育成に適さないとの指摘があった。政府が需要シグナルを一貫して発し、重複する任意基準を簡素化して取引コストを下げることが重要だとされた。

相互運用性の確保では、国境を越えるルール調和が市場拡大の前提と位置づけられた。測定・報告・検証(MRV)やオフセットプログラムの適格性基準の整合、メタレジストリによる突合などが有効とされた。国際排出取引協会(IETA)と世界銀行が支援するクライメート・アクション・データ・トラスト、評価機関シルベラとネットゼロのためのグラスゴー金融同盟(GFANZ)による標準化の動きが、透明性と比較可能性の向上に資するとした。

ただし、規制は適応的でなければならないという認識も共有された。科学的方法論は進化し続ける一方、市場インフラは安定が必要である。過度に硬直的な規制は、事後的な手法改定でクレジット有効性を揺るがし、買い手の不確実性を招くため、安定と適応のバランス設計が求められる。

パリ協定6条はPCCMの設計を補完する位置づけが望ましいとされた。6.2は分権的で二国間合意に柔軟だが、透明性と一貫性の確保が課題である。6.4は構造化された枠組みを提供し、市場経験の浅い国にも有用で、石炭火力の早期段階的削減など特注手法にも適応可能だという。いずれにせよ、科学的会計、各国の国別目標(NDC)との整合、国際移転型緩和成果(ITMO)の生成・管理を、国内制度で一体的に整える必要がある。

法的区分では、各国で金融商品、動産、無形資産などの扱いが異なっても、契約法で調整可能との見方が示された。国際私法統一研究所(ユニドロワ、UNIDROIT)がクレジットを無形資産として扱う方向性を示すことで、会計や投資家保護の一貫性が進む可能性がある。国家レジストリの台頭は国内監督を強める一方、断片化のリスクを伴うため、相互接続の技術・ガバナンス設計が不可欠だ。

最後に、政治サイクルを超える規制の耐久性が投資確実性の土台だと確認された。中核となる参加要件、適格性、報告基準を「逆戻り防止」の仕組みで守り、国際的合意や参照枠組みにアンカーすることが望ましい。参加者は、VCMとコンプライアンス市場の収斂、需要側規制の実装、相互運用性の担保という三つの要件を、2025年以降の市場拡大に向けた優先課題として列挙した。

参考:https://www.energypolicy.columbia.edu/publications/regulatory-approaches-for-projectbased-carbon-credit-markets-roundtable-summary/