国際エネルギー機関(IEA)は10月27日、トロントで開催される「エネルギー・イノベーション・フォーラム2025」に先立ち、炭素除去(CDR)技術の最新分析を公表した。報告書によると、炭素除去産業は企業需要や政策支援を背景に急拡大しているが、依然としてコストの高さが最大の課題となっている。IEAは「継続的な技術革新こそが商業化への道を開く」と指摘し、各国政府に対し実証支援と市場形成への関与を求めた。
IEAの報告によると、炭素除去(CDR)とは、大気中から二酸化炭素(CO2)を直接取り除き、恒久的に貯留する技術群を指す。近年、企業によるクレジット需要とベンチャー投資の増加を背景に、スタートアップ数は過去5年間で5倍、投資額は7倍に拡大した。
中でも、バイオエネルギーとCO2回収・貯留を組み合わせる「バイオエネルギーCCS(BECCS)」と、大気から直接CO2を吸収する「直接空気回収(DAC)」の2技術が主流を占めている。両技術による除去量は現在年間約100万トンだが、2035年までに最大80倍へ拡大する見通しである。
デンマーク、アイスランド、ノルウェー、スウェーデン、米国などでは初の商業規模プロジェクトが建設中で、稼働すればBECCS能力は倍増し、DACは50倍に拡大する可能性がある。
コスト構造と課題
IEAによれば、DACのコストは現在1トン当たり500〜1,900ドル(約7万5,000〜28万5,000円)と高額であり、2050年までに300ドル(約4万5,000円)程度まで下げることが目標とされる。一方、BECCSは原料バイオマスの濃度が高い製油所などで40〜50ドル(約6,000〜7,500円)、発電所などでは95〜120ドル(約1万4,000〜1万8,000円)と、より低コストでの実現が可能とされる。
ただし、実際のコスト削減には輸送・貯留インフラの最適化、バイオマス供給の安定化、運転効率の改善が不可欠だ。初期導入型BECCS施設では75〜300ドル(約1万1,000〜4万5,000円)の範囲で変動しており、規模拡大による「学習効果」の獲得が焦点となる。
近年注目を集める新技術もある。地下バイオマス貯留は100ドル(約1万5,000円)以下をうたう企業もあるが、実運転実績が乏しく、貯留の恒久性を検証するモニタリング・報告・検証(MRV)体制の整備が課題だ。
投資と市場形成の現状
過去5年間で各国政府は50億ドル(約7,500億円)超をCDR支援に投じたが、その多くはBECCSやDACの初号機建設に充てられている。民間市場ではマイクロソフトが2024年のCDRクレジット購入の約65%を占めるなど、需要が一社に偏っている。
IEAは「多様な需要シグナルと長期的な公的支援がなければ、CDR産業は商業化前に停滞しかねない」と警告している。
政府が果たすべき役割
報告書は、技術革新を加速するための政策措置として以下を提言した。
第一に、各国政府が共同でパイロット・実証事業を支援し、広範な技術ポートフォリオを試験すること。第二に、オープンアクセス型の試験施設を整備し、民間企業が新素材や装置設計を迅速に検証できる環境を整えること。第三に、政府によるCDRクレジットの先行購入契約や公的調達を通じ、需要の安定性を高めること。
さらに、MRVの国際標準化も喫緊の課題である。特に鉱物化や海洋ベースの技術では貯留の恒久性評価に不確実性が残るため、各国の研究機関とプロジェクト間でデータを共有し、透明性の高い検証基準を確立することが求められている。
IEAは「Mission Innovation」などの国際協働を通じ、重複投資を防ぎながら知見を共有する枠組みが重要だと強調している。
展望
IEAは、CDR産業の成熟には「コスト低減と信頼性確保の両輪が不可欠」と結論づけた。2030年代にかけて各国が政策支援を継続できるかが、カーボンクレジット市場の安定成長を左右するとみられる。
参考:https://www.iea.org/commentaries/driving-down-the-cost-of-carbon-removal-why-innovation-matters