欧州委員会は10月23日、建物および道路輸送部門を対象とする新排出量取引制度(EU ETS2)の安定運用に向けた包括的改革案を発表した。制度は2027年に稼働予定で、導入初期の価格変動を抑え、加盟国や民間投資家の信頼を高める狙いがある。
本改正は、19の加盟国が「市場の安定性確保」を求める書簡を送ったことを受けて策定された。ETS2は暖房や輸送用燃料に炭素価格を付与する仕組みで、従来のEU排出量取引制度(EU ETS)とは別枠として設けられる。
欧州委員会のウォプケ・ホークストラ気候・ネットゼロ・成長担当委員は、21日の環境理事会で「炭素価格の過度な変動を防ぎ、グリーン投資を加速させるための制度的枠組みを早期に整える」と述べ、年内に関連法案を提出する方針を示した。
価格安定化策と早期資金調達メカニズム
新制度では、排出権価格が1トン当たり45ユーロ(約7,300円、2020年価格基準)を超えた場合に市場安定化準備金(MSR)から放出される排出枠の上限を、従来の2,000万枚から4,000万枚に倍増する。価格高騰が続いた場合、2027〜2029年の間に最大8,000万枚が市場に供給される可能性があると、炭素市場分析会社クリアブルー・マーケッツ(ClearBlue Markets)は指摘する。
また、排出枠オークションの開始時期を2026年半ばに前倒しし、加盟国が早期に炭素収入へアクセスできるようにする。これにより、再エネ導入や建物の断熱改修などへの投資を前倒しする狙いがある。
MSR制度も2031年以降も延長され、未使用の排出枠は翌年に持ち越される。さらに、流動性が低下した際の段階的放出メカニズムも導入され、急激な価格変動を緩和する仕組みが整備される。
欧州投資銀行と連携、「前倒し資金供給枠」を設立
欧州投資銀行(EIB)と共同で新設される「ETS2前倒し資金供給枠(Frontloading Facility)」は、低所得層向けの住宅断熱や持続可能なモビリティへの投資を事前に融資する。これにより、移行期の社会的受容性を高めるとともに、社会気候基金(Social Climate Fund, SCF)と連携して格差の緩和を図る。
委員会は、これらの措置はいずれもETS指令を改正することなく実施可能であり、数週間以内に法的手続きを完了させると説明した。
建物・輸送分野の排出削減を加速
ETS2は、2023年のETS指令改正で創設された新制度で、建物、道路輸送、そして一部の中小産業を対象とする。燃料供給事業者が上流段階で排出量を報告・負担する「キャップ・アンド・トレード」方式を採用し、2030年までに2005年比で42%の排出削減を目指す。
ETS2による炭素価格は、建物改修や電動車導入などの市場インセンティブを提供し、各加盟国が努力分担規則(ESR)の下で排出削減目標を達成するための補完策となる。得られた収益はすべて気候行動と社会的措置に充てられ、その一部は脆弱な世帯や小規模事業者支援に活用される。
欧州委員会は、2025年にモニタリングを開始し、2027年から制度を本格稼働させる予定としている。ガスや石油価格が異常高騰した場合には、開始を2028年まで延期する可能性も示された。
CDR市場への波及効果にも注目
ETS2によって、建物・輸送分野の排出に実質的な価格シグナルが生じることで、各国の炭素除去(CDR)事業への資金流入も拡大するとみられる。特に、バイオエネルギー炭素回収・貯留(BECCS)や直接空気回収(DAC)などのCDR技術が、家庭用暖房燃料や車両燃料の排出オフセット手段として注目を集める可能性がある。
制度設計の成否は、今後数カ月でまとめられる実施細則と、加盟国の国内支援策に左右される。欧州委員会は「ETS2の滑らかな始動」が2050年の気候中立実現に不可欠だとして、2026年半ばまでに市場準備を完了させる方針を示した。