米環境保護庁(EPA)は11日、石炭・天然ガス火力発電所を対象とした温室効果ガス(GHG)排出基準の全面撤回を提案した。リー・ゼルディン長官の下で、2024年に成立したバイデン政権の「クリーン・パワー・プラン2.0」および水銀・有害大気汚染物質規制(MATS)の一部改正も撤廃する方針で、環境・気候政策の大幅な転換となる。
今回の提案は、電力供給コストの削減と米国内エネルギー生産の促進を目的とし、「アメリカン・エネルギーの復権」を掲げたトランプ大統領の公約を反映する内容となっている。
「規制撤廃で年間1,200億円の節減」 GHG規制とMATS改正の取り消しへ
EPAはGHG排出基準を「クリーンエア法(CAA)」に基づく不適切な適用と位置付け、石炭・天然ガス火力発電所からの排出が「危険な大気汚染に著しく寄与していない」とする法解釈を示した。
具体的には以下の2案を提示した。
- 新設・既存の火力発電所に対するGHG排出ガイドラインの撤廃
- 2024年5月に改正されたMATS基準の一部回帰(2012年基準への復元)
EPAはこれにより、電力業界全体で2026年以降の20年間で190億ドル(約2兆9,640億円)、年間平均で12億ドル(約1,872億円)のコスト削減が見込まれるとしている。
環境団体と産業界で意見対立 法的対決の構えも
炭素除去(CDR)企業、Graphyte CEOのバーレイ・ロジャース氏は次のように指摘した。
「AI・データセンター・国内製造業の再興に伴い電力需要が急増する中、CO2を増やさずに供給を拡大する革新こそが鍵だ。排出規制を緩めるなら、直ちに拡張可能な炭素除去技術の導入を加速させる必要がある」
一方、環境団体や公共保健の専門家は、PM2.5や水銀、オゾンの増加による健康被害の拡大を警告している。EPA自身もこれまでの試算で、従来の規制により最大3万人の命と2,750億ドル(約43兆円)相当の経済損失を防げると評価していた。
法曹界からは、最高裁が2022年の「ウェストバージニア州対EPA」判決で行政権限の制限を示したことを引き合いに、「今回の法解釈は逆にCAAの規定を逸脱している」との見解も出ており、法的対立は不可避とみられる。
地域経済・発電構造に波及 再生可能エネルギーとの軋轢も
規制撤廃の対象には、フロリダ、イリノイ、ケンタッキー、ノースダコタ、ペンシルベニアなど13州の石炭火力発電所が含まれる。これらの地域では、既に再生可能エネルギーとの競合が激化しており、今回の方針転換が投資判断や系統計画に波紋を広げる可能性がある。
EPAは今後60日間にわたりパブリックコメントを募集し、年内にも最終決定を下す見通し。仮に一部でも撤回が実現すれば、連邦レベルでの気候政策に長期的影響を与えることになる。