ロンドンで10月中旬に開かれた「CCUS 2025」会議では、英国の炭素回収・貯留(CCS)政策が新たな局面を迎えた。エンジニア、銀行、政策当局者が一堂に会し、ネットゼロ目標達成に向け「単独ではなく協働で挑む」姿勢を強調した。資金調達や規制設計の課題が残る中、会場を支配したのは前向きな連帯の空気だった。
エニCCUSホールディングス(Eni CCUS Holdings)の上級顧問フィル・ヘメンズ氏は、自社を「10億ドル規模のスタートアップ」と表現し注目を集めた。同社は英国初の大規模CCSネットワークを構築中で、既存パイプライン149キロメートルを転用し、セメントや水素など多様な排出源を共有インフラで結ぶ計画だ。
シェル(Shell)の脱炭素化・新技術担当副社長ニック・フリン氏は「協働と情報共有が、実現可能な製品開発を導いた」と述べた。ハイデルベルク・マテリアルズUKの最高経営責任者サイモン・ウィリス氏も「進展をもたらしたのは競争ではなく協調だ」と語った。各社は投資決定段階に入った今も、協調的姿勢を維持しているという。
ヘメンズ氏は「これは全関係者にとって初の試みであり、まだ運用段階ではない」と慎重な姿勢を示した。
英・EU排出取引の連結が鍵 越境CO2輸送で北海に新地図
英国が炭素クラスターを整備する一方で、欧州大陸との連携構想も浮上している。フランス企業が排出するCO2を北海の地層に輸送・貯留する計画が議論されており、英国は南欧よりもコスト効率の高い貯留先として注目されている。フリン氏は「10件の投資最終決定(FID)前案件が進行中で、そのうち1件ではEU域内CO2供給も検討されている」と明かした。
この構想の前提となるのが、英国とEUの排出量取引制度(ETS)の連結である。両者の連携が実現すれば、ブレグジット後初の具体的な気候協力となり、アバディーンからマルセイユに至る「共有カーボン経済圏」が形成される可能性がある。
規制と産業の速度差 信頼構築が最重要資源に
産業界の勢いとは裏腹に、規制整備の遅れに対する不満も表面化した。企業側は「初期プロジェクトの教訓を次の承認に生かすべき」と主張するが、政府側は「コスト超過や長期責任を考慮し、慎重な制度設計が必要」と応じた。
元エネルギー相クリス・スキッドモア氏は「気候政策への政治的関心は低下している」と警鐘を鳴らし、特にセメントやコンクリートなど不可欠だが高炭素な産業への資金支援を強化すべきだと述べた。
銀行・保険の試練 CCUS金融の新リスクモデル
投資最終決定(FID)は今後の転換点と位置づけられている。ピーク・クラスターは「今議会会期中にFIDを見込む」とし、ホルシムは2026年までに複数案件を予定している。
ロイズ銀行やラボバンクの担当者は「25年に及ぶ長期プロジェクトを政治変動の中でどう担保するかが課題」と語った。保険大手マーシュ(Marsh)は「CO2漏洩や引渡し責任など、リスクの配分が未確立」と明かした。
こうした中で最も重視されたのは「信頼」だった。政府、企業、投資家、地域社会の間に築かれる信頼こそが、エンジニアリング技術と並ぶCCUS推進の決定要素になるという。協調こそ、今のCCS産業が持つ最大の資源であり、同時に最大の革新でもある。
参考:https://www.ccus.events/